研究課題/領域番号 |
17K15394
|
研究機関 | 山梨大学 |
研究代表者 |
大我 政敏 山梨大学, 大学院総合研究部, 特任助教 (40644886)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 個体形成能 |
研究実績の概要 |
平成29年度は、様々な方法で作製した、異なる個体形成能を持つマウス1細胞期胚について、zygotic Fluorescence Recovery After Photobleaching (zFRAP) 法によるクロマチン構造の緩さの解析を実施した。これにより、zFRAP法の個体形成能の評価方法としての妥当性の検証とその評価のための規格値の設定を試みた。調べた胚の中で、未成熟な円形精子細胞注入(Round spermatid injection :ROSI)胚について、興味深い知見が得られた。個体形成能が高い体外受精 (in vitro fertilization: IVF)胚や成熟した精子を注入した顕微授精 (Intracytoplasmic sperm injection: ICSI)胚では、雄性前核が雌性のものよりも顕著に緩んだクロマチン構造を獲得し、約70%の胚で雌雄差が生じている。これに対して、個体形成能がICSI胚の半分ほどのROSI胚では雄性前核におけるクロマチン構造の緩さが顕著に低くなり、この雌雄差を形成できる胚が約40%と非常に少ないことを見出したのである(未発表)。さらに、既にROSI胚の雄性前核において生じると報告されていた異常なDNAのメチル化が、このクロマチン構造の緩さの消失の原因であることを示唆するデータが得られている(未発表)。以上のことから、1細胞期胚の個体形成能には、雄性前核の顕著に緩んだクロマチン構造の獲得とその結果形成されるクロマチン構造の緩さの雌雄差が重要であることが考えられた。実際に、一見正常に見えるIVF, ICSI胚でも雄性前核が緩んだクロマチン構造の獲得に失敗するものも存在するので、今後はこのような胚が本当に個体形成能の低い胚なのかを調べる予定である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、zFRAP法の実験系の構築に成功したことが挙げられる。zFRAP法ではヒストンH2BにeGFPを融合させ、1細胞期胚の前核の核質内での動性 (mobility)を解析する。この手法が、クロマチン構造の緩さの程度を解析した胚の産仔までの発生能力を損なわないことを国際誌に公表することができた(Ooga et al 2017, 2018)。次に、申請段階では、zFRAPによって得られるクロマチン構造の緩さの指標、mobilityから算出されるmobile fraction (MF)という値の雌雄前核の平均値のみを使用する計画であった。しかしその妥当性を検証するために、ROSI胚についてzFRAP解析をしたことで、雌雄前核の平均値のみならず、雌雄のMF比(♂/♀>1.2)が重要であることがわかってきた。さらに、このクロマチン構造の雌雄前核のMF比はDNAのメチル化の雌雄前核での不均一性に依存する値であった。この時期のDNAのメチル化の不均一性を形成するTet3をノックアウトしたマウスでは、多くの胚で胚性致死を引き起こす。したがって、zFRAP法により得られる雌雄前核の雌雄のMF比は、胚の個体形成能の指標としての妥当性が考えられる(投稿準備中)。重要なことは、概要でも触れたようにIVFやICSI胚のような、個体形成能が高く、60-70%ほどの胚が産仔となりうる胚であっても、MF比がROSI胚の多数(60%)と同等(♂/♀<1.2)のものが30%程含まれるということである。つまり、MF比と個体形成能には相関があることが示唆された。以上のように、本研究では、胚の個体形成能の指標となりうるクロマチン構造の緩さを、胚を殺さずに解析する系を確立し、さらにzFRAP法から得られる値の規格値の設定に成功しつつある。
|
今後の研究の推進方策 |
ROSI胚を用いた実験から着目した「前核におけるクロマチン構造の緩さについての雌雄差」の、1細胞期胚の個体形成能の評価指標としての有用性を検証する。ここでいう雌雄差とは、雄性:雌性前核のMF比が1.2倍以上あるかどうかで判断する。ROSI胚において、このような胚はおよそ40%存在し、ICSIあるいはIVF胚では約70%の胚が該当する。この値は、それぞれの種類の胚の産仔率(ROSI:30-40%, ICSI:60-70%)と相関を示す。そこで、ROSIおよび ICSI/IVF胚で雌雄前核のMF比が1.2倍以上の胚と、1を下回る(雄性前核クロマチンが雌性前核のものよりも締まった構造になってしまっている)胚をそれぞれ区分けし、擬妊娠マウスの卵管および子宮へと移植し、その産仔率を比較する。 上の検証を経て、クロマチン構造の緩さについて、雌雄前核のMFの平均値および雌雄前核のMF値の雌雄比の規格値を設定する。その後は、当初の予定通り、個体形成能の高い胚と低い胚のRNA-seqを実施し、胚の個体形成能に重要な遺伝子発現のパターンを特定することを目標としている。 また、その一方で、ROSI胚について詳細に解析した結果、60%以上のROSI胚をMF比:♂/♀>1.2に回復させることが可能であることがわかった。今後これらの胚の産仔率が向上する、すなわち個体形成能が増強されたのかを調べることで、MF比の個体形成能の評価の指標としての妥当性を検証する。
|