本研究の目的は、マウスの1細胞期胚の個体形成能を評価する技術の確立とその技術を用いて、個体形成能に重要な分子メカニズムを解明することである。初年度(2017年)にはこの目的のために研究代表者がこれまでの研究で用いてきたfluorescence recovery after photobleaching (FRAP)法の改良を行い、解析した胚から正常な産仔を得ることができる条件を決定し、この手法をzFRAP法と命名し公表している。未成熟な精子である円形精子細胞を注入したROSI胚は、通常の精子を用いた場合の半分程度の産仔率となる。このROSI胚ではクロマチン構造の緩さに異常が見られ、しかもこの異常はHDACiの一つであるTSA処理によって回復することが判った。最終年度 (2018年)では、このTSA処理によるクロマチン構造改善の分子メカニズムの解明を試みた。すなわち、ROSI胚ではクロマチン構造の緩さに異常を引き起こす原因因子の探索を行った。結果として、ROSI胚において、円形精子細胞由来のゲノムには緩んだクロマチン構造の形成に重要と考えられるH3変異体の一つであるH3.3の存在量が少なく、その原因が受精後のH3.3のdeposition量の不足であることが示唆された。TSA処理によりH3.3の存在量の不足が修正されたので、H3.3を強制発現したところ、クロマチン構造の緩さの改善が見られた。しかしながらその改善効果はごく僅かなものであり、TSA処理による効果を再現するには及ばないものであった。ただし、本探索によりROSI胚ではH3.3以外にも様々なエピジェネティックな因子の異常が起きていることが明らかとなり、その中にはTSA感受性のものも含まれていた。以上より、TSA処理ROSI胚の解析により、クロマチン構造の緩さの制御機構に関与する因子の同定が可能であることが示唆された。
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