血液中の癌細胞が転移先臓器の血管内皮細胞に接着して血管外へ浸潤することは、転移成立に至要なステップである。転移先となる遠隔臓器では、様々な外因性要因による遺伝子発現の変化(欠損や変異)によって血管の恒常性が破綻し、転移促進性の微小環境が形成されるが、これには細胞内外からのシグナルによる血管内皮細胞の活性化が必須である。本研究の対象分子であるAKAP12は細胞内足場タンパク質であり、その分子内の様々なシグナル伝達分子との結合領域を介して時空間的な細胞内シグナルの調節を行う。 本研究計画によって、申請者はAKAP12欠損(Akap12-/-)マウスを用いた肺転移モデルの解析から、肺組織におけるAKAP12の欠損が血管内皮細胞の活性化を誘導して転移を促進するという研究結果を得た。また、転移促進に寄与する微小環境の形成機構として「血管内皮細胞上の接着分子発現誘導」と「線維芽細胞の細胞老化性分泌による血管内皮細胞の活性化」が、AKAP12によって制御されていることを明らかにした。さらに踏み込んだ実験では、血管内皮細胞と線維芽細胞それぞれにおけるAKAP12の機能を細胞内シグナル伝達のレベルでの解析を組織から単離してきた初代培養細胞を用いた実験によって解明した。その結果として、AKAP12はがん遺伝子SrcとStat3の不活性化を介した線維芽細胞からの内皮活性化因子VEGFの分泌抑制と、内皮細胞における接着分子E-セレクチンの発現抑制を担っていることが解った。以上の結果から、AKAP12が欠損もしくは発現が低下した転移先臓器では、線維芽細胞と血管内皮細胞が活性化して転移が促進されるという新たなメカニズムが明らかとなった。
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