研究課題/領域番号 |
17KK0019
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
高橋 沙奈美 九州大学, 人間環境学研究院, 講師 (50724465)
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研究期間 (年度) |
2018 – 2021
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キーワード | 宗教社会学 / ロシア正教 / 聖人崇敬 / ディアスポラ / ソ連異論派 |
研究実績の概要 |
2020年度は、ドイツ・ブレーメン大学所蔵の資料とミュンヘンの在外ロシア正教会アーカイブ所蔵の資料を用いて、最後のロシア皇帝ニコライ二世に対する崇敬を在外教会がソ連時代を通じていかに展開してきたかという問題を明らかにした。 その結果、先行研究が明らかにしえなかった点、すなわち1921年の在外教会の成立から1981年の新致命者(ソ連体制下の殉教者)列聖に至るまで、在外教会がニコライ二世の位置づけをどのように変化させてきたのかという点と、本国の動向から在外教会がどのような影響を受けてきたのかという点を本研究で明らかにすることに成功した。 1920―30年代、在外教会がソ連体制に抑圧された本国教会の立場を理解し、ボリシェヴィズムの打倒を実現可能と考えていた時期には、ニコライ二世は革命のために命を散らした者=敗者の象徴だった。しかし、第二次世界大戦にソ連が勝利し、本国教会がソ連体制と協力関係を構築すると、在外教会は自らこそがロシアの精神的伝統を引き継いだ教会であるという意識を強くする。 1960年代以降、異論派正教徒の活動が活発になると、在外教会は彼らを積極的に支援した。ソ連体制に抑圧された異論派の支援とソ連体制によって殺害された新致命者を記憶することが、同じ文脈で結び付けられていったのである。こうして、新致命者の列聖は、政治的・精神的の両義に取れる曖昧な概念である「ロシアの復活」のきっかけとして位置づけられた。1980年代半ば以降のペレストロイカからグラスノスチ、そしてソ連解体の流れをまったく予想していなかったからこそ、在外教会は、ソ連体制を告発し、ロシア的精神に則った自らの義務として、1981年にニコライ二世をはじめとする革命の犠牲者を列聖したのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度は、モスクワ(ロシア)およびニューヨーク(アメリカ)で、それぞれアンドレイ・コストリュコフ(聖チーホン人文大学准教授)とイリーナ・パプコヴァ(ジョージタウン大学研究員)らの共同研究者の協力の下、資料収集を行う予定であった。しかし、COVID-19の世界的流行により、両国からの査証が取り消しとなり、渡航がかなわなくなった。この状況に対し、在ミュンヘンの在外教会アーカイヴの職員が、必要資料について写真データを提供してくれた。この資料により、ニューヨークの在外シノドアーカイヴで収集を予定していた資料の一部を見ることができた。 これらの資料と、ブレーメン大学図書館で収集した資料を合わせて、査読誌『ロシア史研究』に研究論文を投稿し、掲載の内諾を得ている。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は、国外渡航が可能になれば、モスクワの国立全ロシア外国文学図書館、ロシア連邦アーカイブ図書館、「在外ロシア(Russkoe Zarubezh'ia)」、公立歴史図書館所蔵の在外教会刊行物に関して資料収集を行う。 加えて、現在のロシアにおいて、ニコライ二世崇敬がどのように展開しているのかについての調査を行う。1980年代末に、在外教会の文献をもとに、ロシア国内においても一部の熱狂的支持者によるツァーリ崇敬が始まった。2020年にも新型コロナウィルスに関する陰謀説を喧伝し、正教会から破門された元修道司祭セルギー・ロマノフが、ニコライ二世崇敬を掲げている。ソ連解体後のニコライ二世崇敬は、反ユダヤ主義と終末思想が色濃く反映しており、現在に至るまで、ロシアの宗教界に少なからぬ影響を持っている。調査地としては、ニコライ二世崇敬の中心地のひとつであるジヴェーエヴォ修道院(ニジニノヴゴロド州)及びエカテリンブルク(スヴェルドロフスク州)での調査を予定している。 現地でのフィールドワークが困難な場合には、インターネットを利用しての資料・情報収集に努める。
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