研究概要 |
従来,生得的な素質という遺伝的要因に焦点化されることの多いスポーツ領域における卓越した「才能」に関し,熟達化の視点から,どのような環境の中で,どのような体験を経て,どのようにその卓越したパフォーマンスを獲得していったのか,について遡及的に明らかにすることが,本研究の目的である。 今年度は,熟達化がなされる過程での指導者の役割に焦点を当て,熟達化とコーチングとの相互関係についての分析作業を実施した。得られた知見として次の2点があげられる。第1に,スポーツにおける卓越した「才能」獲得過程において優れた指導者が果たす役割として,技能獲得,意識化,及び支援的環境設定の3つが明らかとなった。具体的には,技能獲得に関しては,選手の熟達化段階に応じ基礎的な技能から応用的な技能,更には選手の個性に応じた技能の創造に至るまで幅広い技能の指導がなされている。意識化に関しては,選手自ら練習課題の意味を理解し主体的に取り組むような関わりがなされている点である。支援的環境設定に関しては,選手との信頼関係の構築やチームビルディング,選手やチームの心身のコンディショニング,メンタリング,物理的環境設定,といった,指導が有効に作用するためのしかけづくりとしての作用である。得られた知見の第2点として,選手の卓越した「才能」は,選手個人に閉じて獲得され蓄積され再現されるといった発想で捉えるのではなく,選手をとりまく環境との相互作用として開かれた過程の視点でとられることが重要な点である。 更なる分析作業が求められるが,現時点で得られた研究成果として,下記2点があげられる。第1に,熟達化のメカニズムは,長期にわたる環境との相互作用の中で作られるが故に,体験の質に関するより詳細な分析が必要である点である。第2に,熟達化を選手がどめように認知し,目的化し,具体的な練習行動に展開しているか,が才能を解明する上で重要な点である。
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