アメリカ合衆国において女性大学教員が大学の中に一定の地歩を築くようになった1920年代、そのキャリア形成のために克服しなければならなかった最大の問題は、一方では歴史的・構造的な問題として存在した、教歴と学位不足という問題、他方では、女性教員を特定学問領域あるいは下位職階に隔離しようとする、なかば公然としておこなわれていた、雇用や昇進に関する差別的慣習であった。女性大学教員たちは、個別大学内でのメンター=メンティー関係を築くとともに、それを全米的なネットワークにつなげるために、アメリカ女性大学人協会を結成し、キャリア形成のための運動をおこなっていった。
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