多数の非血縁者から成る社会で相互協力を達成可能なのは人間のみである。しかし、人間のいかなる本質がそれに寄与しているのかは、人文学から生物学までの幅広い領域において多数の研究がなされてきたにもかかわらず、未だ明らかではない。本研究は、現在有力な理論仮説の一つであるとされている強い互恵性に焦点を当て、3つの角度からその妥当性を検討する。強い互恵性仮説によれば、協力行動と罰行動、偏狭さ、そして外集団攻撃行動の間には連動が存在し、その連動は適応的であり、それにより相互協力が維持されていることになる。そこで本研究では、①連動が適応的であるという主張の理論的再検討、②連動が実証データにより支持されるかどうかの検討、③支持されるとしたらそれが進化時間において形成されたものか、比較的最近形成されたものかの検討、の3つの方向から、この仮説の妥当性を厳密に検討し、妥当性が低い場合には代替仮説として評判仮説を提唱する。 2019年度までの研究により、偏狭さと利他性との間の関係に対する経験的証拠は、否定的なものがほとんどであることが明らかにされた。そこで、偏狭さと利他性に関する大規模な実験を実施する予定で準備を進めたが、COVID-19のため実施は延期し、予算の一部を2021年度に繰り越していた。2021年度に状況が落ち着き次第実施する予定であったが、その見通しが立たなかったため、その代替としてオンラインによる質問紙実験を行った。その結果、協力行動と偏狭さとの間の連動は見られないこと、協力的な人は外集団を攻撃しないことが示された。2022年度も完全にはコロナ禍はおさまらなかったため、評判仮説に関する質問紙実験を行い、情報の客観性が評判に与える効果に関する検討を行った。その結果、主観的な情報よりも客観的な情報の方が対象人物の評判形成に大きな影響を与えることが明らかにされた。
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