研究課題
低温環境のためDNAが極めて高度に保存されている南極を対象とし,アイスコアや大型動物遺体などの古代試料由来の古代DNAを解析することで,過去の地球環境変動と生物相変遷のダイナミックスとの関連性を解明することを目的としている.南極古代試料中に含まれるDNA量はきわめて少なく,また著しく断片化していることが知られているため,最新の微量・短鎖DNA分析の先端的手法に関する知見・技量を習得した.断片化された損傷DNAを高収率で精製し,増幅させるために,高収率な新たなDNA抽出手法およびライブラリー構築実験を実地した.構築した手法を用いて南極ドームふじアイスコア試料からのDNA分析をおこなった.クリーンルーム内にて氷試料内部のみを無菌的に採取した.無菌的なDNA抽出,次世代シーケンサーによるゲノム配列の取得,およびゲノム情報解析による微生物解析をおこなった.また,南極域の動物の集団動態が最終氷期以降の環境変動にどのような影響を受けてきたのかを解明するために,南極域の海洋生態系における環境変動の影響を受けやすいと考えられる食物連鎖の頂点を占める大型肉食動物に着目した.60次南極地域観測隊が南極の昭和基地周辺のSkarvsnessとLangHovdeで採取したミイラ化したアザラシ遺体,および極地研究所の標本室に保管されていた南極マクマード基地周辺で採取されたミイラ化したアザラシ遺体からの古代DNA解析をおこなった.これらのミイラアザラシ標本内部からクリーンルーム下で無菌的にDNAを抽出し,年代の古いDNAに特化した手法でショットガンメタゲノムライブラリーを作成し,次世代シーケンサーによる大規模解読をおこなった.さらに年代の古い試料からの分子進化解析を推進させるために,現生DNAのコンタミネーションを評価する新しい統計的検定法を分子進化モデルの枠組みで考案し,実際の問題への適用を実施した.
2: おおむね順調に進展している
アイスコア中の断片化した微量DNAを解析する技術の開発を進め,とりわけコンタミネーションを抑えながら高収率でDNAライブラリー構築手法や,古代DNA配列からの系統組成と遺伝子機能組成を推定するための先端的プロトコールの確立を引き続き重点的におこなった.本研究で開発した新たな手法を用いて,クリーンルーム内にて氷試料内部のみを無菌的に採取した.無菌的なDNA抽出,次世代シーケンサーによるゲノム配列の取得,およびゲノム情報解析による微生物解析をおこなった.その結果,氷期と間氷期には検出されるバクテリアの種類や由来に大きな違いがあることや,氷期には好冷性細菌が多く検出され,アイスコア中のバクテリアを古環境指標として利用できる事を示した.ミイラ化したウェッデルアザラシ遺体のゲノム解析においては,先進ゲノム支援の支援を受けて,8個体のアザラシサンプルから約16億リード解読した.サンプルにはバクテリアや菌類などの微生物が大量に含まれており,アザラシのDNAは相対的に少なかったが,平均約0.01%のリードがアザラシのミトコンドリアにマッピングされ,24x―400xのcoverageでミトコンドリアゲノムの構築に成功した.試料年代は全て数千年前の個体であるが,DNAの保存性は非常に高く,断片化やDNAの死後の塩基置換等もあまり観察されなかったため現生集団のデータと併せて詳細な系統解析及び集団動態学的解析を行った.過去の南極域の生態系と環境変動の関連性はこれまでほとんど理解が進んでいなかったが,本研究の結果からロス海および南極大陸東部の両地域間で独自に異なる集団が進化し,それがごく最近交雑しあった可能性が示唆された.今後の詳細な核遺伝子の分析で南極大陸の海洋生態系で捕食者として重要な地位を占めるウェッデルアザラシの生態進化史が解き明かされることが期待される.
国立極地研究所の古代DNA専用のスーパークリーンルームにて,昨年度に構築した最新の微量・短鎖DNA分析の先端的手法を用いて,南極ドームふじアイスコアやミイラ化したアザラシなどの大型動物試料内部のみを無菌的に採取する.申請者らは試料の表面に付着したコンタミネーションの微生物を排除するために,アイスコア融解装置を独自に開発しており,本研究ではこの融解装置を用いる.無菌的に抽出したDNAをもとに,古代試料由来のDNAライブラリー構築に最適化された手法でゲノムライブラリーを作成し,イルミナ社の次世代シークエンサーを用いてゲノム配列の取得をおこなう.シークエンスした古代メタゲノム配列データを,高速に配列類似性を検索し,古代DNA配列に近縁な系統及び遺伝子機能の推定を行い,当時の生物群集の系統組成と遺伝子機能組成を推定する.さらに,研究分担者が開発した,約160万サンプルの様々な環境由来のメタゲノムデータと環境情報を統合したデータベース MicrobeDB.jpとそれら大量のメタゲノムデータを探索可能なWebアプリケーションLEAを用いて,類似した特徴を持つ現生の微生物群集を特定し,その環境情報を基に当時の環境を推定する.アザラシなどの海洋生態系高次捕食者に関してはゲノム全体のヘテロ接合度の頻度分布による解析から過去の集団サイズの変動や地域間での遺伝的交流を推定し,氷期-間氷期サイクルと集団構造の変遷の関連性を調べ,南極生態進化史の解明をおこなう.
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