報告者はこれまで、石清水八幡宮第34代別当の田中宗清(1190~1237)が、当代の文人・能筆に依頼して作成させた願文類について考察をおこなってきた。本年度は、引き続きこの田中宗清を願主とする願文類や関係史料を考察し、奈良女子大学の研究会で「石清水八幡宮権別当田中宗清願文と出光美術館蔵「定家書状」」と題した発表をおこなった。定家自筆の出光美術館蔵書状は、定家から「法印御房」なる人物に送られたものである。「法印御房」は田中宗清に比定でき、これまでの研究と深く関わるものである。また、「定家為家両筆願文」についても注目した。報告者は、この仮名願文が田中宗清願文群の一つであると考えている(以上については、次年度以降に発表、成稿化)。 上記の研究以外にも、天野山金剛寺所蔵〈無名仏教摘句抄〉について考察をおこなった。本書は、経典や願文・表白、伝や讃など、仏教関係の要句を類聚した摘句集である。奥書および表紙書名から、「源円」という人物によって宝治元年(1247)5月に書写されたことが知られる。金剛寺一切経にある「源円」書写の経典の奥書内容から、彼が金剛寺の人物であったことが確定できる。金剛寺に所蔵された経緯が知られる資料は経典以外では少なく、本書はその点からも注目される。以上については、「中世金剛寺僧が書写した摘句集――金剛寺蔵〈無名仏教摘句抄〉」(『説話文学研究』54、2019年6月)にて論文にまとめた。また、高僧を中心とする摘句に注目し、玄奘三蔵関連の句の出典や彦琮撰『唐護法沙門法琳別伝』との関係を取り上げ、考察をおこなった。日本・台湾の共同研究シンポジウム「類書・要文・抜書―和漢の知識流通と文芸の形成」(開催場所:国立台湾師範大学)において、「金剛寺蔵〈無名仏教摘句抄〉における僧伝関係の要句について」と題して口頭発表予定であったが、新型コロナウイルスの影響により中止・延期となった。
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