本研究の目的は、鎌倉時代における願文作品とその製作に関する状況について明らかにするところにある。 報告者はこれまでに、中世初期に活躍した文章博士菅原為長(1158~1246)を中心に、その願文作品について考察をおこなってきた。続群書類従所収「願文集」は、本来『菅芥集』という書名を有し、為長の願文を収録したと考えられる資料である(中川真弓「『菅芥集』についての基礎的考察」2005)。所収される願文は、それぞれの供養の願主について、その伝記的概要を知る手がかりとなるものである。 本年度は、上記の研究を発展させ、仏教文学会大会において「『菅芥集』所収願文における願主と菅原為長について」と題した口頭発表をおこなった(2021年9月12日、オンライン形式)。『菅芥集』には、観智院第十二世杲快による書写本(観智院本b)があり、その末尾には天台座主慈源を願主とする願文一首が見える。調査したところ、観智院聖教内に本願文の巻子本が見いだされた。杲快が父である五条為適の所蔵本を写した際、同作者によるものと見なして加えたものと考えられる。願文の内容は慈源の師である良快を追善供養するためのものであり、両者とも九条家の出身者である。為長は九条家との結びつきが強く、そのことも追加願文が為長の作である可能性を高めている。九条家のほかにも、鎌倉幕府御家人が願主となっているものを考察することにより、為長とその願文製作周辺の様相について指摘した。
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