研究課題/領域番号 |
18K00179
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構京都国立博物館 |
研究代表者 |
呉 孟晋 独立行政法人国立文化財機構京都国立博物館, 学芸部美術室, 主任研究員 (50567922)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 来舶清人 / 書画交流 / 沈南蘋 / 王冶梅 / 胡鉄梅 / 陳曼寿 / 森琴石 |
研究実績の概要 |
前年度に引き続き、江戸時代中期から明治時代までに西日本を訪れた中国文人の書画作品の調査を実施した。 調査の重点を置いたのは、岡山県倉敷市の野﨑家塩業歴史館と兵庫県の個人宅である。前者の野﨑家では、「めくり」のままの未表装作品の調査を同館や岡山県立美術館の学芸員の協力のもとで実施し、全部で約200点の作品を確認した。朝鮮の書家や政治家もおり、当初想定していた日本と清国の二国間だけでなく、朝鮮もふくめた三国での書画交流の様相を再考する必要が生じる可能性が出てきた。後者の個人宅では明治期大阪の南画家・森琴石についての資料を調査し、琴石の大量の下絵のなかに来舶清人の端緒ともいえる黄檗書画の写しや、王冶梅や胡鉄梅の下絵があることがわかった。 二つの「点」の調査完了を見通して、そのあいだを埋めるような所蔵先をいくつか選んで調査をおこなった。その一つが山口県萩市の菊屋家住宅保存会である。萩藩の御用商人をつとめた菊屋家には大名家から下賜された元時代や明時代の「古渡り」が多いが、明人筆の伝称をもつ「青緑山水図」は、江戸時代後期の京都にいた儒者の柳川星巌と書家の貫名海翁の箱書きがあり、江戸時代にもたらされた「中渡り」の様相をうかがうことができた。福井県越前市の陽願寺では来舶清人の代表格である沈南蘋の花鳥図を調査したが、その箱書きを明治期に陳曼寿が認めており、時代を超えた来舶清人の「つながり」を確認した。 このほか、本間美術館(山形県酒田市)、鳥取県立博物館、三重県立美術館、東京国立博物館などで展覧会を参観し、来舶清人や黄檗僧の書画について知見を深めた。また、報告者が前回科研から継続調査している近代日本の漢学者・長尾雨山の資料のなかから、雨山の父である長尾竹嬾と賀鏡湖ら来舶清人との交流があったことも新たにわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
3か年計画のうちの中間年度ゆえ、本年度は調査の要と考えた野﨑家塩業歴史館と兵庫県個人宅での調査に注力した。これらは調査対象を抽出して調査の方向性を見定める「サンプル調査」としての性格を有していたが、2か所とも調査をほぼ終えることができた。 しかし、前者では近代の朝鮮の書画家たちも考察にふくめる必要性が出てきたことから、当初の日本と清国二国間での「書画の道」という仮説は拡大して考える必要を検討する必要がある。また、本年度は同時にこれらのサンプルを補足するために「古渡り」や「中渡り」の中国書画についても調査をすすめた結果、「中渡り」のなかにも箱書きから京都にゆかりのある作品をみつけることができたり、福井県をはじめとする北陸地方での足跡も考慮に入れる必要があったりすることがわかった。これらも当初の仮説への再検討を迫る事例であるといえる。九州地域での調査を終えて、その成果をふまえたうえで仮説の再検討に着手してゆきたい。 研究成果の発表については、本課題が基礎的な調査を主体としているため、著作、口頭発表ともに直接、今回の成果に言及するものはない。しかし、次年度(2020年度)前半期に国際学会での研究発表をはじめ、いくつかは公開の予定である。前年度に引き続き、来舶清人の活動からつながってゆく日中の書画交流については、黄檗書画と長尾雨山にかんしていくつかの論考を発表することができた。
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今後の研究の推進方策 |
上述のように九州地域での調査を早急にすすめてゆきたい。これは、研究課題で提示する西日本の「書画の道」での出発点としての長崎の位置づけを明確にするためにも前年度から積み残していた課題である。しかし、2020年6月中旬時点で新型コロナウイルス感染症の感染拡大による出張自粛が求められるなかで、2020年度にどこまで調査が実現できるのか見通せない状況にある。そのため、九州調査が実施できなかった場合の代替案としてもう一つの方策を考える必要がある。 まず、考えられるのは文献調査である。『続長崎画人伝』『長崎画史彙伝』など長崎の書画に関連する文献などを閲覧して、対象となる来舶の書画家について検討をつけてゆく。この作業はすでに錦織亮介氏(前福岡市美術館長・北九州市立大学名誉教授)が取り組まれているので、氏の研究成果を利用して京都など関西地域でも活動の記録をたどることができる中国文人を絞り込んでゆきたい。また、昭和61年(1986)に渋谷区立松濤美術館で開催された「橋本コレクション 中国の絵画:来舶清人」をはじめ、日本の来舶清人書画の一大コレクションである橋本コレクションについて、すでに刊行されている目録(味岡義人・曾布川寛編『橋本氏収蔵中国書画録』(東方学資料叢刊第13冊)京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センター、2005年)などを手がかりにして、参考とすべき作品を選び出して関連のある地域ごとに整理してゆく作業も必要であろう。さらに、明治期の動向については、『大阪朝日新聞』など当時発行されていた新聞の記事検索データベースなどを活用して、関連記事を抽出することもできよう。 そのうえで、感染症感染拡大を予防するため、遠隔地ではなく関西地域を中心に所蔵機関や個人のコレクションについて調査をおこなうものとする。
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次年度使用額が生じた理由 |
物品費については、大容量のデータ整理を調査地など現地で素早くおこなうためにノートパソコンなどを優先的に購入した。データを蓄積する外付けハードディスクなどは画像整理の状況をふまえて、一括で長期間保存するために最終年度に購入予定である。 旅費については、前年度に引き続き関西と中国地域を中心にした調査が多かったため、当初計画で想定していた金額よりも少額に収まった。本年度も本務の博物館業務で特別展示を担当したため、長期間の調査を実施することができなかった。そのため、調査先として想定していた九州とりわけ長崎方面は年度後半の予定で準備していたが、2020年初からの新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、調査自体の中止を余儀なくされている。感染拡大が落ち着き次第、調査を再開したいと考えているが、2020年6月中旬時点でいまだ長距離移動の自粛が求められるなかで、先行きを見通すまでには至っていない状況である。 おもに旅費の執行に困難が生じる場合は、近隣の研究者を招聘して小規模な研究集会を開催する、もしくは簡便な調査報告書を刊行するなど、当初計画には列記していなかった、研究成果を広く発信できる方策も検討してゆく必要があろう。
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