研究課題/領域番号 |
18K00179
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構京都国立博物館 |
研究代表者 |
呉 孟晋 独立行政法人国立文化財機構京都国立博物館, 学芸部調査・国際連携室, 室長 (50567922)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 来舶清人 / 書画交流 / 沈南蘋 / 方西園 / 王冶梅 |
研究実績の概要 |
前年の2019年度に引き続き、江戸時代中期から明治時代までに西日本を訪れた中国文人を中心とした中国書画作品の調査を実施した。ただし、年度当初からの新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、遠隔地での調査はおこなわず、感染状況が比較的落ち着いていた夏から秋にかけて、報告者が在勤する京都と隣接する滋賀の数か所での調査にとどめた。そのなかでも、本研究でかかげる西日本における「書画の道」の復元構想について、いくつかの新知見を得ることができた。 一つは、方西園(名は済)が乾隆52年(天明7年(1787))に描いた「富士山図」である。箱書きは嘉永5年(1852)に安芸藩士の澤三石がしるしており、広島に本図があった可能性を示唆している。長崎と京都の「書画の道」のあいだをつなぐ「点」として、空白域を埋めうる事例となろう。方西園の富士山図はいくつか知られているが、大幅の本図はおそらく新出であり、機会をみて紹介したい。 もう一つは、来舶清人たちの書画を集めた貼交屏風である。程赤城や費晴湖、沈萍香といった名家をはじめとする書画約50枚が六曲一双の屏風に表装されている。書簡や文書も多いことから、書画制作が本業ではなかった来舶清人のあらゆる筆跡が珍重されていたことがうかがえる。前年度までに明治期の王冶梅らの貼交屏風をいくつか確認しているので、日本での特徴的な鑑賞形態として再認識するにいたった。 さらに宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する沈南蘋(名は銓)の「餐香宿艶図巻」について、南蘋の画業における初期の作例である可能性を提示した。このほか、沈南蘋を師と仰いだ鄭培や明治期の王冶梅の花鳥図、黄檗僧・費隠通容の墨蹟なども調査することができた。とくに松と薔薇を表わした王冶梅の画は題記から光緒7年(明治14年(1881))に京都で描いたことがわかるもので、京阪神で積極的に活動していたことを示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本2020年度が申請当初の3か年計画のうちの最終年度にあたる。しかし、年度当初から新型コロナウイルス感染症感染拡大により、本研究の構想に欠かせない九州地域をはじめとした遠隔地での調査はいまだ実施できておらず、研究計画を完遂するにはいたっていない。また、本務の博物館での学芸業務も新型コロナウイルス感染症の影響により増大しており、本研究の遂行に必要な時間を十分に確保することができなかった。 こうした状況のなかで、本年度は上記の「研究実績の概要」でふれた新知見をふまえて、これまでの調査成果を精査することに注力した。前年度にとりくんだ岡山県の野﨑家塩業歴史館と兵庫県の個人宅での調査では、引き続き調書と画像の整理をおこなった。とくに後者で調査対象となった森琴石にかかわる来舶清人の書画については、調査報告刊行の目途がついた。 来舶清人にまつわる具体的な成果発表としては、展覧会図録で初期の来舶清人に筆頭にあげられる沈南蘋の花鳥図についての作品解説を2篇執筆し、国際学会のAAS in Asia(オンライン開催)にて明治期の王冶梅と胡鉄梅の画業を中心に来舶清人による「書画の道」を提示する機会を得た(前年報告書に掲載・発表決定と記載)。さらに近世から近代にかけて中国書画の鑑賞のあり方について、2篇の論文を執筆した。これらのなかでは、中国文人との直接的な交流が困難であった状況を江戸時代にもたらされた「中渡り」品を代表する董其昌の書画や摸倣作をふくめた「唐物」を手かがりにすることで、近世から近代にかけて日本の文人たちがいだいた来舶清人への憧憬を相対化する視点を獲得することができた。 来舶清人による「書画の道」を復元するにあたり、個別の作品研究とそれを相対化する視点という二つの補助線によって当時の状況を多面的に再現できるようになったことから、構想を具体化する準備を加速させることができた。
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今後の研究の推進方策 |
上記の「現在までの進捗状況」でふれたように、「書画の道」を提示するにあたっての事例や視点はいくつか得ることができたが、いまだその全体像を提示するにはいたっていないのが現状である。新型コロナウイルス感染症の感染収束が見通せないなかで、本2020年度後半までは遠隔地での調査実施の可能性を探っていたが、次年度の2021年度も状況が一進一退で推移するなかで、研究計画を画定する難しさは変わらない。 まずは、引き続き京都市内を中心とする近隣地域での調査を積み重ねてゆきつつ、並行して前回報告書(2019年度版)で提示した文献調査をすすめてゆくことになろう。 なかでも、錦織亮介氏による「江戸時代の長崎来舶画人について」(『黄檗文華』第139号、2019年所収)は、本研究にとって欠落部分を補ってゆくうえで大変有益である。また、本年3月に公刊されたばかりの唐権、劉建華、王紫沁各氏が共同執筆した「来舶清人研究ノート : 附「来舶清人参考文献」「来舶清人一覧表」」(『日本研究』第62号、2021年所収)は、広汎な文献資料を渉猟して作成された一覧表をはじめ、現時点での来舶清人研究を総括する最良の研究成果の一つである。 こうした先行研究を参照して、これまでの調査で実見しえた書画作品から来舶清人の活動を少しでも明らかにしてゆくことが当面の研究をすすめてゆくうえで肝要となる。
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次年度使用額が生じた理由 |
本2020年度は、新型コロナウイルス感染症の感染状況を考慮しながら、その時々の状況でできることを模索した一年であった。研究の二つの柱となる作品調査と文献調査では、前者はほとんどが京都市内であったため、旅費はほとんど執行しておらず、後者についても研究書籍を数冊購入したのみである。 物品費については、本年度は調査件数が限られ、調査画像が急増する状況にはならなかったため、従前から手許にあるデジタル機器で十分に対応できた。しかし、今後、さまざまな分類で画像データを蓄積してゆくなかで、複製データを保存するために外付けハードディスクなどの購入を検討することになろう。 旅費については引き続き九州調査実施の可能性を探ってゆきたい。それでも、旅費の執行に困難が生じる場合は、小規模な研究集会を開催する、もしくは簡便な調査報告書を刊行するなど、前回報告書(2019年度版)にしるしたように当初計画には列記していなかった、研究成果を広く発信できる方策も検討してゆく必要があろう。
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