昨年度までは朝鮮演劇との関連で、日本の演劇人である村山知義の戦前から戦後までの活動を主な研究対象としてきたが、今年度は朝鮮の演劇人たちの活動に再び注目して、戦時下演劇の戦争協力の実像を考察した。具体的には、朝鮮における演劇の戦争協力体制を代表する国民演劇競演大会に出品され、作品賞を受賞した金承久作『山河有情』を題材として、国民演劇と娯楽の問題を再考した。日韓のどちらでもこれまで本格的に論じられることのなかった『山河有情』を、三好十郎の戦争協力劇『寒駅』との関連で考察しながら、『山河有情』を『寒駅』の一種のパロディとして位置づけた。さらに本研究は、『山河有情』という個別作品だけではなく、植民地朝鮮の国民演劇それ自体を一種のパロディとして再照明する可能性を探求した。この成果は日本語の共著と韓国語の学術論文として発表し、日本と韓国の両地に同時に発信することができた。 今年度はまた、昨年度に発表した村山知義に関する研究成果を、韓国の高麗大学や成均館大学における研究者向けの講演で紹介し、韓国語圏にも発信することに注力した。 本研究は当初朝鮮の演劇人安英一の演劇活動を通時的に考察することを目的として出発したが、コロナ禍のなかで研究対象や研究方法の修正を余儀なくされ、日本国内で推進できる村山知義の研究に集中する結果となった。しかし、今年度は安英一や金承久の国民演劇関連活動に関する研究に新たに着手することができた。このように、研究の最終年度に当初の研究目的に近い研究成果を加えることができ、さらにその成果を日韓の両言語で発信できたことは幸いである。
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