研究課題/領域番号 |
18K01500
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
松村 敏弘 東京大学, 社会科学研究所, 教授 (70263324)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 企業の社会的責任 / 地球環境問題 / 環境責任 / 寡占市場 / 排出総量規制 / 原単位規制 / 公企業 / 民営化政策 |
研究実績の概要 |
公企業と私企業が競合する混合寡占市場の分析を通じて、一部の企業が社会的貢献(Corporate Social Responsibility, CSR)を考慮し、社会厚生も考えて行動する場合の市場の性質を分析した。まず最適課税政策と企業のCSRの比率の関係を分析し、この関係が逆U字型になることを明らかにした。この論文は、Social Science Citation Indexに登録されている国際的な査読誌(SSCI誌)であるManchester Schoolに掲載された。同じく混合寡占の文脈で動学的な競争に直面する場合の最適なCSR比率に関する研究が、SSCI誌(Journal of Public Economic Theory)に掲載された。更に、税の超過負担と最適なCSR比率に関する研究を行い、税の超過負担が1を超えると(つまり税収よりも税の超過負担が大きくなると)均衡の性質が大きく変わる事を明らかにした研究をSSCI誌(North American Journal of Economics and Finance)に公刊した。 更に企業のCSRと公共政策の関係を分析した論文が、これもSSCI誌のJournal of Economicsに掲載された。この論文では、企業の平均的なCSRのレベルだけでなく、そのばらつきも公共政策に大きな影響を与えることを明らかにした。 環境CERに関して、地球温暖化問題を念頭に排出総量にコミットするCSRと、排出係数(生産量1単位あたりの排出量)をコミットするCSRを比較し、超低炭素社会における後者の優位性を明らかにした。この論文もSSCI(Energy Policy)に掲載された。関連して、排出係数へのコミットメントと、税収を産業振興に使う炭素税の等価性を示した論文をこれもSSCI誌であるEconomics Lettersに掲載した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
2019年度は、7篇の論文を全て異なる国際的査読誌に発表した。その全てがWeb of ScienceのSocial Science Citation Index(SSCI)に登録されている雑誌で、この分野では例外的とも言える高い生産性であったと評価できる。2018年度にもSSCI誌に7篇の論文を発表していることも合わせて考えても、このプロジェクトはこれまでのところ想定以上に順調に進展しているとの評価に値する。 ElseverのデータベースであるScopusによると、そのうち企業間のCSRに関する異質性と公共政策の関係を扱ったJournal of Economicsに掲載された論文は、発表から半年で、既に7回引用されるなど、引用面でも順調なスタートを切っている。この論文では、企業の平均的なCSRのレベルだけでなく、そのばらつきも公共政策に大きな影響を与えることを明らかにしている。従来のこの分野の論文では、私企業に関して同質的な目的関数を持つことを仮定するものがほとんどであったが、その仮定が無害ではない可能性があることを具体的に示した点でも、将来のこの分野の発展に貢献できる論文であると評価でき、具体的な政策的含意の文脈と、目的関数の異質性の重要性の両面で今後も引用されることが期待できる論文となっている。 これ以外にもまだ掲載には至っていないものの、多くの論文が投稿中で、複数の論文が改定要求を受けている段階で、今後も成果の公刊が続くことも十分に期待できる。この点でも、研究は当初の計画以上に順調に進展している。 新型コロナウィルスの影響で年度末に予定していた出張を伴う複数の国内外での口頭報告や研究交流の機会を失ってしまったが、それ以前に内外の研究会で研究報告を行うなど、活発な研究交流活動を行っており、また出張に代わるリモート交流に必要な環境も整備している。
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今後の研究の推進方策 |
環境問題に対応するCSRは企業の社会的貢献では最も重要な問題の一つである。この問題に関しては複数の論文を公刊できたものの、まだ重要な問題が残っている。とりわけ日本においては伝統的に総排出量に対するコミットメントではなく生産量一単位当たりの排出量である排出係数に対するコミットメントが主流であった。排出係数のコミットメントでは生産量が増えると排出量が増えてしまうことから、CSRとしても公的な規制としても不十分で望ましくない政策であるとしばしば批判されてきた。事実、完全競争市場では排出量に対するコミットメントでは最善解が達成可能だが、排出係数へのコミットメントではそれができないことは既に知られている。しかしこれは不完全競争市場においては必ずしも正しくない。また現実に多くの環境規制や取り組みが係数へのコミットメントになされており、その傾向は環境以外の雇用政策などの分野でも見られる。 CSRが重要な問題になる寡占市場における大企業についても排出係数に対するコミットメントが社会的に見て望ましくないものであるか否かを分析する重要な課題に関して、今後は特に力を入れて分析していく。この問題については、環境規制等の関連分野に詳しい関西学院大学経済学部の猪野氏及び松枝氏の協力を得ながら、更に研究を進めていく。 調達面でのCSRも重要である。この点については韓国の研究者との国際共同研究を一層推進する。 CSRに関心を持ち、独自の視点で研究を進めている韓国・台湾・中国などの研究者と研究交流を深め、多くの助言を得ることを考えている。新型コロナウィルスの影響で、2020年前半に参加予定だった国際コンファレンスが1年延期されるなど、対面での国際研究交流が制約される事態が続く可能性が高いが、対面での交流に固執せず、リモート交流等柔軟に国際研究交流に努め、積極的に国際的な研究者ネットワークを構築していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
論文改定が若干遅れ、リプライの英文校正が年度内に間に合わなかったが、2020年度には十分に間に合う予定。新型コロナウィルスの影響で、出張を伴う研究交流活動や対面での情報収集活動に制約が加わることは予想されるが、それを補うリモートでの研究交流のための環境は予算の範囲内で整備でき、研究水準は維持できる予定。
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