研究課題/領域番号 |
18K01534
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研究機関 | 東京女子大学 |
研究代表者 |
栗田 啓子 東京女子大学, 現代教養学部, 教授 (80170083)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 田園都市 / 地方自治 / 工業化 / 内務省 / フランス |
研究実績の概要 |
19世紀末から1920年代までの日仏の「都市・住宅」をめぐる社会経済思想を分析する本研究は、1)両国における都市・住宅論の隆盛の時代的背景、2)両国の都市・住宅論の内容の異同、3)両国の都市・住宅論の担い手の多様性の要因の3点を明らかにすることを主要な目的としている。田園都市構想の検討を中心とした2018年度の研究成果は以下の通りである。 目的1)に関して、日仏が基本的に同様の時代的課題を背景としている一方で、日本の政治・経済的後進性が逆に先取り的に田園都市構想の採用を促したことを明らかにすることができた。具体的には、明瞭に工業化がもたらす弊害(劣悪な住環境だけでなく、そのことによる健全な生活の破壊)の解決策として田園都市を構想したフランスに対して、工業化の弊害がまだ顕著になっていなかった日本では、近代社会の必須条件としての地方自治の基盤として田園都市を位置付ける態度が優勢だったのである。とはいえ、地方自治の目的が明治国家における良い臣民の形成にあるという従来の評価に止まるものではなく、地方の自立性を目指したものでもあった点に、欧米の思想の影響と現代に通じる新規性を見ることができる。 目的2)について、Stainsの田園都市のように、その理念が都市デザインだけでなく、建築物のデザインにも表れている点がフランスの特徴と言える。もっとも、現段階では、日本の特徴を明白に析出するには至っていない。 目的3)について、明治末期の田園都市構想は、欧米の知見を持つ内務省官僚が主導しており、その点では、パリ近郊の首都圏に設置された「廉価な住宅供給局」を中心に活動したフランスの地方官僚との類似点が多く見られる。しかし、日本で実際に田園都市を建設したのは、渋沢栄一に代表される民間の供給主体だった。この「公」と「私」の関連、相互作用については、2019年度の検討課題である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、19世紀末から1920年代までの都市・住宅をめぐる「社会経済」思想の日仏比較をテーマとして、文献研究と実地調査を組み合わせた研究方法を採用している。2018年度は、田園都市構想を中心に研究を展開した。 文献研究としては、日本について、明治40年に内務省地方局が出版した『田園都市』とその内容理解を深めるために『欧米自治救済小鑑』(内務省、明治43年)などの内務省関連の資料を精査した。フランスについては、パリ近郊の田園都市建設を主導したアンリ・セリエ(Henri Sellier 、1914年にセーヌ県の廉価な住宅供給局を開設し、1942年まで局長を務めた)の著作『みんなのための都市(Une cite pour tous)』を分析した。その結果、目的1)の両国における都市・住宅論の隆盛の時代的背景のうち、田園都市構想については、上記の「研究実績の概要」に記したように、ほぼ時代背景を明らかにすることができた。 実地調査としては、2018年8月23日から9月6日にかけて、上述のHenri Sellierが手がけたパリ近郊のStains、Suresnesの田園都市および地方の名士という民間人を供給したいとするランスの Chemin Vert、La Maison-Blancheの田園都市を調査した。その結果、目的2)に上げた両国の都市・住宅論の内容の異同について、理論的、思想的な異同だけでなく、実際の都市デザインや建造物のデザインを考察の対象とすることができた。 目的3)については、日本では内務省の井上友一、生江孝之、フランスではアンリ・セリエを取り上げ、官僚の役割と彼らの思想を検討した。ここでは、「上からの」改良運動の意義と限界を明らかにすることを課題としている。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度は「研究計画調書」の予定通り、労働者住宅を重点的に研究するとともに、2018年度の研究予定のうち達成できなかった部分を補完することにしたい。とくに、田園都市構想の検討において欠いていたのは、「研究計画調書」で主要な課題の一つとして上げた、シャルル・ジッドの弟子でフランス田園都市協会を設立したジョルジュ・ブノワ=レヴィ(Georges Benoit-Levy:1880-1971)の検討である。したがって、ブノワ=レヴィの思想と実践を分析することを2019年度の第一の課題とする。そのために、本年8月中にフランスで資料収集および実地調査を実施することを予定している。 これと並行して、労働者住宅の改善については、土木エンジニア、エミール・シェイソンが深く関わった「低廉住宅のための国民協会」の活動を中心的に検討する。シェイソンなど官僚が関わっているものの、この協会は議会への働きかけを積極的に展開した民間組織である。2018年度の官僚を軸とした研究に対して、2019年度は日仏ともに、民間の活動を主要な検討対象とする。 日本における民間、とくに企業家による労働者住宅供給について、昨年度予定していた蒲田の「吾等が村」の黒澤貞次郎の分析を進展させる。日本における実地調査が遅れているので、秋以降には、日立鉱山などの見学と軽井沢のアメリカ屋(橋口信助)が田園都市構想に基づいて開発した別荘地の見学を実施することにしたい。 最後に、2018年度の研究で見えてきた、明治末期の田園都市構想と生活改善運動との関連をさらに明確にするための資料研究を進める。この部分の研究は、2020年度の研究への橋渡しとなるはずである。
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次年度使用額が生じた理由 |
2018年度に予定していた調査旅行のうち、国内における調査を実施することができなかった。校務繁忙がその理由であった。その結果、旅費として使用したのは2018年8月23日から9月6月に実施したフランスへの渡航費のみとなった。さらに、知人宅に宿泊し、宿泊費も削減できることになった。その他の資料収集に当てた予算については、領収書の不備があったので、請求しないことにした。これについては、今後注意することにしたい。 この次年度使用額は、2019年度の調査旅行、とくに昨年度実施できなかった国内分を秋に実施することにしているので、その費用として使用する予定である。日立鉱業の労働者住宅に関する現地調査および軽井沢アメリカ屋(橋口信助)の田園都市構想に基づく別荘地開発に関する現地調査の費用に充てることにしたい。
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