研究課題/領域番号 |
18K01829
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研究機関 | 麗澤大学 |
研究代表者 |
馬場 靖憲 麗澤大学, 経済学部, 特任教授 (80238229)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 破壊的イノベーション / 両手利き組織 / 探索研究 / 継続性 / 富士フイルム / コダック / 新規事業開発 / ケース分析 |
研究実績の概要 |
本研究は、近年の日本企業の破壊的イノベー ションに向けた取り組みを、両手利き組織(Ambidextrous Organization)の枠組みから考察し、理論形成と政策含意を導くことを目指している。 本研究は、既に、富士フイルムの事例に注目し、(i)既存のコア製品と探索から得られた製品の代替可能性に着目し、両手利き組織には既存製品を食い潰すタイプと補完的なタイプがあり、それぞれでどのように効果的な経営が可能か、また、(ii)このような組織形態が、いかにデジタル化への富士フイルムの構造変革を可能にしたか、明らかにし、分析結果をR&D Management誌に公刊済みである。 本年度においては、本研究は、富士フイルムの事例に基づく両手利き組織に関する理論研究を富士フイルムの事例をコダック社の事例と比較検討することによって深掘りした。具体的には、両社の技術とビジネスに関する探索活動を、両社の特許データに基づいて可視化し、探索活動が企業の実績に与える効果をみた。その結果、企業がその探索活動において継続性(persistency)を実現するか否かが、社業の構造変革と、変革への引き金を引く破壊的イノベーションの成否に大きく影響することを明らかにした。2社のケース分析からは、組織における知識蓄積とその活用パターンが探索活動における継続性(persistency)に影響を与えることが示された。 以上、本研究は、破壊的イノベー ションを両手利き組織の枠組みから研究する際に、探索活動における継続性(exploration persistency)」という概念が有効であることを明らかにし、その概念の新規性により,研究成果はR&D Management誌において採択された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年に入り、日本におけるコロナウイルス感染が本格化したため、感染防止の観点から内外で開催されるはずだった学術集会の多くが中止を余儀なくされた。その状況を反映し、研究費に当初、計上した旅費による出張は中止され、学術集会での討論により初めて可能になる研究論文の投稿に向けた練り直しが大幅に遅れる結果となっている。その結果、英文論文の作成にも大幅な遅延が発生し、当初、予定した英文校閲が未達になり、「その他」経費にも多くの未消化が発生した。 2021年4月現在も、感染の収束に関する見通しが依然として不明なため、進行中の論文作成について、どのように外部研究者の意見・批判を取り入れて論文としての質を確保するか、そのための方策を模索している。すなわち、進行中の論文草稿について、オンラインによって外部研究者の意見を聴取する可能性も考えられるが、既存のネットワークスに依存するオンライン環境には限界があるため、より広範な研究者の意見をどのように収得するかが現時点での課題である。さらに、従来、行っていた学会発表でのチェックを受けて投稿論文を確定する学術研究プロセスをどこまで変更可能か、すなわち、学会発表を省略して論文内容を確定し、投稿へのステップに進むか、慎重に検討しある段階で決断する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、イノベーションを成功に導くためには、公式組織の技術経営に加え特定の企業文化が必要という観点から日本企業の研究活動の現状分析を行い、イノベーション停滞の一因に特徴的な組織心理が影響する可能性を見出した。先行する質問票調査を行動経済学(e.g. Tversky and Kahneman,1981)、「情報とインセンティブの経済学」の観点から再検討すると、(i)研究プロジェクト実施の際、内容に関して研究者と事業部間に情報非対称性( Akerlof,1970)が存在;(ii)研究者のインセンティブはプロジェクトの実施前と事後で非整合的になる(石田、玉田、2020);(iii) リスク回避に向けて、企業はサイクル管理におけるプロジェクト評価を組織的に利用;(iv)研究評価の実施にあたり、企業は異なった評価体制を採用、等が判明した。 このような認識に基づき、次年度からは、知の探索からイノベーションに繋がる成果を出せず深刻なコンピテンシートラップに悩む日本企業に関して、市場シーズを開発する探索研究に関して企業の研究評価はどのような役割を果たすことが出来るのか、複数ケース分析を実施する。 知の探索の場合、研究者が事業部に対して情報優位に立つため、研究側が主導権を取って評価を実施してきた。しかし、その体制には情報非対称性(Akerlof, 1970)による研究者の機会主義的行動など多くのリスクが伴う。経営陣が研究評価のポテンシャルに無自覚な場合、体制は維持されリスクは残る。一方、組織革新により両者が評価の主導権を分け合う場合、社内での評判を守るため協力して信頼関係が構築され、研究者の機会主義的行動は効果的に抑制される。本研究は、コンピテンシートラップ克服に対して研究評価の組織革新が果たす役割に着目した先導的試みである。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年初以来の新型コロナウイルス感染によって,本年度に予定した企業に対するインタビュー調査、研究者間の研究会、国内外の学会発表等の開催が、大幅に遅延、また、中止された。その結果、予定した旅費の消化か未達に終わった。本予算執行に関しては期間延長が承認されているが、現時点においては、いまだコロナ感染によるインタビュー調査、また、研究集会の実施可能性が不透明である。研究を予定通り実施するのが難しい場合、適宜、データベースの購入によるモデル推定等、研究手法における代替策を検討する。 関連して、英文論文の作成にも遅延が発生し、当初、予定した英文校閲が未達になり、「その他」経費に多くの未消化が発生している。従来、研究集会でのチェックを受けて投稿論文の作成に移行していたが、コロナ禍のもと、ある段階で学会発表のステップを省略し投稿論文を確定し、英文校閲作業に移行することを考慮する。
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