本研究の目的は、国語教育における神話教材とその指導をめぐる現状の課題を明らかにして、神話というジャンルの独自性に応じた教材化と指導方法を開発し、それを小・中学校の国語教育に位置づけることである。 昨年度までの研究では、小学校4社の国語教科書「いなばのしろうさぎ」(1・2年生)がどれも原典である『古事記』神話を昔話・教訓話として書き替えていることを明らかにした上で、原文と注釈書・現代語訳・再話について、一般図書を集めて比較調査した。その結果、再話では教科書と同様の書き替えが行われていたが、2000年以降は原典を書き替えない傾向が明らかになった。国語教科書で神話が書き替えられる理由を探るため、終戦直後からの古典教育の状況を考察し、国語教育における「神話の概念」が戦前のまま放置されていた問題を指摘した。そして、その間に大きく発展した近代神話学における『古事記』研究や、国文学研究の進展、『古事記』受容史研究等を考察して、国語教育における神話概念を再検討した。 紙芝居を使った調査で低学年児童が原典の内容を的確に理解していることを確認し、学習者は発達段階に応じた教材化の工夫によって原典の内容を理解できることを示した。また、「いなばのしろうさぎ」の原文を読んだ学生と教科書教材を読んだ学生の感想を比較したところ、教材観や指導観に大きな差が見られた。その他複数の調査を通して、原文を現代的な教訓話に書き替えることは「伝統的な言語文化」の否定であることを指摘し、教科書教材は原典に即した内容であるべき事を主張した。「いなばのしろうさぎ」は東南アジア地域からもたらされたと言われているので、それらの国々の民話や再話と比較検討して、文化的価値観の違いを明らかにした。さらに、ギリシア神話や創世記との比較による日本神話の講義を高校生・大学生に行い、単元学習による比較神話の教材化と指導の可能性を示した。
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