研究課題/領域番号 |
18K05829
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
金子 洋之 慶應義塾大学, 文学部(日吉), 教授 (20169577)
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研究分担者 |
倉石 立 慶應義塾大学, 文学部(日吉), 准教授 (60195526)
古川 亮平 慶應義塾大学, 文学部(日吉), 助教 (90458951)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 海洋プランクトン / 棘皮動物 / ヒトデ / 摂餌 / 成長 / 神経 / メタロプロテアーゼ / ヒストン |
研究実績の概要 |
北海道肝振東部地震の発生により中断を余儀なくされた2018年度分の動物学会発表を今年度の発表の一部とした。その内容は、給餌(キートセラス:植物性プランクトン)の有無を条件として正常な幼生成長の形態を記述する試みの中で、幼生の前期過程では細胞数を増加させる一方で、身体は凝縮する特徴があり、この時期に、神経細胞が分化して数多く身体に現出し始めることを述べた。続いて、後期課程に入ると、細胞数とともに身体サイズも増加して、成体原基や腕形成も顕著になり、神経細胞も互いが突起で繋がりあったネットワーク形成を行うことを提示した。これらに加え、神経細胞が主体となった幼生成長が生じることを実証するため、以前に単離していた繊毛帯部に少数個が散在する感覚神経細胞の温度感知用遺伝子(PpTRPA1)をモルフォリノでノックダウンした結果を解析した。その結果、(1) 摂餌しているにも関わらず幼生サイズの増加が抑えられること、(2)身体を覆う神経ネットワークの発達が幼生されることを見出し、発生学領域での学会発表を行った。一方、身体全体に広範に存在する機能不明の神経細胞性タンパク質を認識する1F9抗体のコード遺伝子を単離した状況であることも発表に加えた。 同時に、同学会の「その他」の領域で、心理学や哲学的な考察を重視する新たな学問領域の創出を目指している「細胞の意思」プロジェクトにおいて、この感覚神経細胞はどのような目的のもと作動するのかについて考察を行った。実験結果からは感覚神経細胞は、入力情報に依存して「暖水域に幼生を向かわせる」、あるいは「幼生サイズを増加させる」となるが、やはり「温度情報を伝える」ということだけを意思として持っていると考えるのが妥当であり、細胞の意思を表現する場合には充分な考察の必要性に言及した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)モルフォリノオリゴ(MO)用の塩基配列の決定ソフトを用いて設計した1F9遺伝子のMOを顕微注射したサンプルでは、同MOは神経細胞が生じる幼生期以前の胚期から形態を著しく縮小させることが観察され、使用した推奨ソフトが期待どおりの結果を生み出していない可能性がある。現在、Whole mount in situ hybridyzation(WISH)を行い、単離したた1F9遺伝子の正当性から検証し直している。 (2)幼生期の成長過程で観察される著しい形態的変化に関与する因子として、アスタチン属メタロプロテアーゼ(PpMC5)を同定している。作用機作として細胞外マトリックス (Extracellular Matrix: ECM) の分解が鍵であることが考えられる。 (3)トランスグルタミナーゼによるヒストン二量化は精子核の凝縮を担うが、幼生期には成長に関与している可能性を見出している。その関与実体は、摂餌後の栄養素の消化・吸収、それに続く栄養素の伝搬・受容と考えている。現在、定量的な記述法として、タンパクへの炭素同化率をモニターきるようになっている。 (4)ANS標識後の幼生の胃を分画するアプローチは、海水をシースとして利用可能なセルソータ使用に変えることで、生きた状態で目的の分画を得ることができた。昨年度は、シースを哺乳類用の生理食塩水しか用いることができず、ソート細胞を全て溶血させてしまったことから大きく前進した。残念なことに迅速かつ簡易的なRNA抽出を意識しすぎたため、高速回転での細胞分画により細胞にダメージを与えた可能性がある。その結果、RNA量は確保できたが、RNAが一部壊れている可能性が見出された。
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今後の研究の推進方策 |
最終年にあたる2020年度は、本申請プロジェクトを以下の4つの論文として公表することに力点を移していく。 (1) ヒトデ幼生の神経細胞に発現する遺伝子として、繊毛帯に散在する比較的少数個の感覚神経に特異的なPpTRPA1遺伝子と身体中に広範に存在する神経細胞に共通な遺伝子1F9遺伝子を単離できている。前者のノックダウンにより幼生成長が抑制されることを見出したので、後者に関してのノックダウンも同様な結果に至るか否かを解析する。(2)幼(2)アスタチン属メタロプロテアーゼ(PpMC5)に着目し、その作用機作としてECM分解が鍵となっている可能性を検討する。具体的には、PpMC5分子のMOサンプルの乖離細胞とECM分解活性の蛍光測光が可能な市販キットを組み合わせ、コラーゲン分解の抑制解析、さらに同サンプルのECMの電顕観察を行う。 (3) 遺伝子発現におけるエピジェネテイック制御現象としてのヒストン二量化について、胚期と幼生期におけるアミノ酸の架橋位置を提示する。続いて、タンパク同化率の定量のためのマーカー分子として注目していたアクチン分子の代謝率とアクチン繊維動態を組織化学的な実体として提示する。 (4) 幼生の胃領域の組織学と胃領域の欠如について 本申請の以前に、飲作用に関わると理解されているクラスリン遺伝子発現のノックダウンにより、胃を起点とする自己消化が幼生体に生じることを見出していた。この発見と組み合わせながら、セルソータを用いて単離した胃細胞のRNAseqを行い、正常な消化に至る生理学的メカニズムを明らかにする情報を提示する。委託発注によるRNAseqを行うため、研究費を無駄にしないよう、再び胃細胞のソートを行い、よりジェントルな遠心条件での細胞分画の作成を計画している。
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次年度使用額が生じた理由 |
最終年度に向けて、上記 (1)~(4)の今後の研究の推進方策に基づき、研究費を使用する予定である。それぞれ、必要な試薬類に加えて、以下の内容を加えて研究費を使用する。 (1)1F9の単離遺伝子の確認検証のため、WISH用の試薬類を購入する。(2)PpMC5モルフォリノ個体のECM解析用の電子顕微鏡観察は、専門技術を有した研究者の助力が必要となる。近郊の他大学で知り合いの研究者に助力を願痛いと考えているが、他大学の透過型電顕利用費や、現地に向かうための交通費などを使用する必要が出てきた。(3)幼生成長のヒストン制御による検証は、重要かつ新規な現象として報告できるものと考えられる。より深い考察を経た結果の解釈が必要となるため、ヒストン研究の専門家との議論のための他大学出張を予定しなければいけない。(4)海水をシースとできるセルソータの利用は、他の研究機関の機器に委ねなければならない。ここで必要となるものは、新たなソート用のチャンバーとセルソータを使用させてもらうために出向する交通費となる。上記 (1)~(4)の論文公表のための英文校閲費と投稿費用に、最終年度の研究費の一部を使用する。
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