研究実績の概要 |
世界最大の素粒子実験用大型ハドロン加速器(周長27km,加速エネルギー7兆電子ボルト)を擁するCERN(欧州原子核研究機構,スイス,ジュネーブ) では数千台のコンピュータによる実験計測制御系を構築するためJava RMI(RemoteMethod Invocation,遠隔手続き呼び出し)を採用してシステムを構築している.しかし従来の分散オブジェクトモデルとして知られるRMIでは組込コンピュータ(以下組込コン)を遠隔 オブジェクトとして扱うことは困難であった.組込コンのリソースは一般的なコンピュータのそれよりも二桁前後あるいはそれ以下であるからである.しかし組込コンはオーバヘッドが少ないため,局所的高速計測制御に有利である.本研究では,最近発表された非同期分散オブジェクトモデルADOP(Asynchronous Distributed Object Protocol)を基礎として,新たにextended ADOP(eADOP拡張ADOP)を開発する.これを用いて, 組込コンを遠隔分散オブジェクト化して,抽象化し,透過的にこれらを計測制御する手法を明らかにする.一方,マルチクライアント・マルチサーバにおいてeADOPと上位ネットワークを組み合わせたシステムにおいては,トランザクションタイムとラップタイム, リソース消費等について時間的な動作性能を評価検討する事が不可欠となる.遠方に設置した組込コンをオブジェクトとみなし,ネットワークで接続したクライアントがあたかもそのオブジェクトが自己のコンピュータの論理空間内に存在するかのように,リモートメソッドで実行できることになる.より規模が大きい上位ネットワークに統合できるという展望がある.これらのことから,拡張ADOPにより,組込コンをIoT(Internet of Things)化する技術を確立することをめざす.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
実験対象の1)最少リソース組込コンとしてATmega2560(OS無,Java無,16MHz, 248KB,RAM8kB),2)ATmega4809(16MHz,48kB,RAM6kB),3)次少リソース組込コンBCM2837(Linux,Java無,700MHz,RAM512MB).4)CPUSTM32F405(168MHz,RAM192KB)Python,5)CPU ESP32(160MHz,RAM520KB)WiFiチップCC3200,WINC1500,nina-13について夫々の整合性を検討し,複数台をeADOPサーバ試作機としての評価と実装を進めている.高性能コンピュータ3台をいずれもADOP/RMIクライアント/サーバとして機能させる.本研究の計測制御性能を評価するには,一般にコンピュータの内蔵発振器は低精度低安定度であり,良い指標がなかった.そこで高精度割り込み信号発生装置を設計,製作,開発した.超高精度・温度補償型水晶発振器(10-12.8MHz±1ppm,温度特性±3ppm/度以下)を基準にコンピュータからトリガ信号を受け取ると,正確な時間経過後に割り込み信号を発生する.コンピュータはこれにより高精度の基準時間を検出でき,一連の計測制御処理を行い,制御系のオーバーヘッド等の特性を計測評価できるようになった.応用分野として「次世代放射光施設シンポジウム」(昨年11月仙台)に出席,及び受入れ主体の東北大学理学研究科にて情報収集,調査した(佐藤).新軟X線放射光源用電子入射器はC-バンド3GeV,蓄積リング(加速エネルギー3GeV, 周長349m,基本セル16,蓄積電流400mA,エミッタンス1.1nm・rad),アンジュレータやウイグラ等の挿入光源ができれば,SP-8の約100倍以上の輝度を達成できる.本研究はこのような放射光源にも展開できる可能性が分かった.
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今後の研究の推進方策 |
これまでの進捗結果を踏まえて,組込コンのアーキテクチャおよびリソースの評価と実装を継続する.無線LANの通信制御処理の過程では,有線LANとは異なりWiFiチップに対するチェンネル自動選択,ネゴシエーション手順と通信確立,そして暗号化処理等がリソース,プログラム領域を大きく圧迫するため,eADOPの処理性能にも影響する.この部分はアーキテクチャおよび実装言語にも重く依存するため,部分的に評価しつつ,実装することが求められる.実装言語C++/Python/Wiringによっては,不定期に強制起動する不要オブジェクト回収により処理能力およびリソースが動的に変動するため,アプリケーションを除外したオーバーヘッドやリソースの消費量について時間的な動作性能を評価検討する事が不可欠となる.高精度割り込み信号発生装置により,実験データを計測収集する.次の段階では,実際にマルチクライアント・マルチサーバにおいてeADOPと上位ネットワークを組み合わせたシステムを試みる.トランザクションタイムとラップタイム, リソース消費等を計測評価し,有効性を明らかにする.eADOPではADOPの特性を継承しているため,通信は非同期型で遅延が少なく,リソースも少なくてすむため,負荷が軽いと見込められる.クライアントからは組込コンが論理的なリモートオブジェクトとして分散モデル化でき,透過的に遠隔制御できることが期待される.進捗状況に応じて得られた結果を外部に発表する.最後にクライアント・サーバ間をワイヤレスLAN機能を付加すると,組込コンをさらに拡張したInternet of Things化する手段を示す.これにより計測制御だけでなくセンサネットワークを容易にインターネット等の上位ネットワークに統合できる見通しを探る.研究分担者は実際に建設が計画されているシンクロトロン放射光源への応用を検討する
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