仏教説話図は仏教美術誕生の頃から仏教の教えを伝える手段として、あるいは寺院などの荘厳として用いられてきた。説話図の研究は国内外を問わず蓄積があるが、そのうちの比喩の物語を説く図はその典拠の豊富さから、完全に解明しているとはいいがたい。本研究では、比喩の物語の『ボーディサットヴァ・アヴァダーナ・カルパラター』を取りあげ、文献そのものと、それを典拠とした絵画作品を明らかにした上で、それぞれの物語の主題や材源を検討し、流布と展開の様相を明らかにすることを目的とする。 『ボーディサットヴァ・アヴァダーナ・カルパラター』はチベットにおいて完全な文献が現存し、サンスクリット語文献は断片的にネパールなどで発見されていることから、サンスクリット語とチベット語訳をもとに、全108話中の第26章(チベット語訳第27章)「釈迦族の系譜」から第39章(チベット語訳第40章)を邦訳した。さらに、それぞれの物語に関する文献や絵画に同じ主題を持つ作品を網羅的に収集し、データ化し検討を行った。本文献はチベット語に翻訳され、大変な人気を博したため、関連する文献やこれを典拠とする絵画の作品が豊富に残されている。これまでは軸装された絵画作品の典拠が不明なことが多かったが、本文献を典拠とする絵画セットがあり、現在に判明している限りで、版画のセットを含む少なくとも3つの系統があることを明らかにした。その絵画を分析すると、絵画における表現と銘文については、典拠となった『ボーディサットヴァ・アヴァダーナ・カルパラター』だけでなく、先に成立していた律に関する文献のうち、根本説一切有部律に関する諸文献も参照され、それらの内容を示すことが明らかとなった。文献と絵画作品において、いずれも『ボーディサットヴァ・アヴァダーナ・カルパラター』と根本説一切有部律との密接な関係が明らかとなった。
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