研究課題/領域番号 |
18K12267
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研究機関 | 静岡文化芸術大学 |
研究代表者 |
井上 由里子 静岡文化芸術大学, 文化政策学部, 講師 (70601037)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | フランス演劇 / アール・ブリュット / 俳優術 / ヴァレール・ノヴァリナ / 障害 / 演技論 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、ヴァレール・ノヴァリナの演劇理論と言語創造においてアール・ブリュット理論がどのように受容されたか、また、テクストに摂取されたアール・ブリュット理論が俳優術においてどのような展開をみせるかを考察することである。 今年度は、ノヴァリナの理論書の翻訳、日仏の障害者演劇の現地調査、アール・ブリュットの文献調査を三本柱に研究を進めた。 まず、ノヴァリナがアール・ブリュットに傾倒していた時代に著した理論書『ことばの演劇』の翻訳の仕上げを行った。そこで得られた知見をもとに、フランスのコリーヌ国立劇場で開催された国際シンポジウムにおいて、ノヴァリナの詩的言語を日本語に翻訳するための手法について発表した。 次に、ノヴァリナ作品の上演で成功を収めたことのある、プロの障害者劇団〈蜂鳥劇団〉の現地調査を行った。具体的には、フランスのルーベにある劇場を訪れ、稽古見学、俳優やスタッフへのインタビューを行った。それによって、ノヴァリナのテクストの演技法にとどまらず、フランスの文化政策や西欧の障害者演劇について見聞を広めることができた。比較対象となりうる日本の事例についても文献・現地調査を行い、日本とフランスの障害者演劇の特徴を整理した。 そして、雑誌『アール・ブリュット』を精査し、ノヴァリナが影響を受けた画家や作家を特定した。また、アール・ブリュット関連文献の読解を通して、この用語がこんにち日本とフランスでそれぞれ異なる意味合いで使用されていることも確認できた。 このように演劇と文化政策と福祉の三分野を架橋するアプローチをとれたことは、演劇とアール・ブリュットの関わりをたんに芸術の問題として論じるのではなく現実の社会問題として捉えることに繋がるという意味で、非常に大きな一歩である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ノヴァリナ作品の翻訳者らが12カ国から集結した国際シンポジウムで発表できたことは大きい。翻訳をめぐる議論を通して、ノヴァリナにとって「アール・ブリュット(未加工の芸術)」とは、厳密にいえば、近代の教育に侵されていない、という意味であることが明らかになった。アール・ブリュット概念が誕生してから半世紀以上がたち言葉だけが一人歩きしているこんにち、用語を再定義できたことは本研究の主題を明確化することに繋がり、今後の研究においてノヴァリナ作品の翻訳を続けるうえでも大きな収穫であった。 この原稿は翻訳論集としてフランスで次年度刊行の予定である。前年度の成果をまとめた論文の刊行は遅れているが、すでにフランスの編集担当者らが出版助成金を得、エルマン書店から論文集が刊行される運びである。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度である次年度は、これまでに行ってきた聞取り調査と文献調査の結果をもとに、まず、プロの障害者劇団〈蜂鳥劇団〉の創設背景・歴史・演技法などを整理する。その上で、ノヴァリナの俳優論においてアール・ブリュットの概念および作品がどのように受容されたか、また、俳優達は具体的にどのような演技を行うかを考察する。その研究成果は国内外の学会ないし研究会で発表する予定である。 また、申請段階で企画していたドイツ人俳優によるノヴァリナ作品の本邦初公演のほか、アール・ブリュットと演劇の交叉に関する国内シンポジウムの開催についても段取りをつけている。 なお、新型コロナ・ウイルスの影響によりこうした予定を延期せざるをえない場合、科研費の繰越しを申請する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究費を効率的に使用したため小額の残額が生じた。次年度の物品費として使用する。
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