研究課題/領域番号 |
18K12406
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
銭谷 真人 東京大学, 大学院総合文化研究科, 特別研究員 (80793348)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 日本語史 / 表記史 / あて字 / 熟字訓 / 日本語歴史コーパス / 人情本 / 洒落本 / 雑誌『太陽』 |
研究実績の概要 |
前年度は主として「あて字」データベースの基礎の構築を行った。「あて字」のデータベースを構築する上では、まず対象とする「あて字」を選別しなければならない。近世に発生し近代へと伝播していった「あて字」を考察するにあたっては、近世末期から近代初期にかけて出版された人情本に見られる「あて字」を中心に据えることが適切であると考え、人情本8作品の電子テキストの中から、約3400の「あて字」を抽出した。これらは現在の標準的な漢字表記に照らし合わせると、確かに「あて字」であるのだが、複数の作者によって使用されているものもあり、当時においては熟字訓のように用いられていた可能性も否定できない。そこで本年度は、通用性のある「あて字」に着目し、それらの「あて字」が熟字訓のように使用されていた可能性を検証することにした。検証には日本語歴史コーパス(CHJ)の人情本コーパスを用い、「小児 (こども) 」や「侍女 (こしもと) 」など、複数の人情本において使用が確認されている「あて字」について、現在一般的に用いられている「通常表記」 (子供、腰元) との出現回数の比較を行った。さらにそれらの表記について、洒落本コーパスおよび太陽コーパスを用いて同様の調査を行った。「あて字」の用例がある程度の数見られるようであれば、熟字訓のように使用されていた可能性が指摘できるということになる。結果、洒落本においては人情本によく見られた「あて字」の使用はあまり見られなかったが、太陽においてはその使用が確認できたものが少なくなかった。ただ用例数の傾向としては、人情本が「あて字」>「通常表記」であったのに対し、太陽は「あて字」<「通常表記」であった。近世の「あて字」を継承しつつも、近代においてはその使用頻度は低下していた。人情本でよく見られる「あて字」は、洒落本ではあまり見られず、そのルーツを求めることが今後の課題となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究成果について、「近世近代における「あて字」と熟字訓 ―人情本の漢字表記を中心に―」という題目で、令和2年3月13日の「通時コーパスシンポジウム2020」 (立川総合研究棟)において口頭発表を行う予定であったが、新型コロナウイルス感染拡大予防のためシンポジウム自体が中止となり、発表は行えなかった。研究字体は進展しており、今後論文として発表する予定もたっているので、順調に進展しているものとした。
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今後の研究の推進方策 |
来年度は、まず本年度に行う予定であった研究発表「近世近代における「あて字」と熟字訓―人情本の漢字表記を中心に―」に基づいた論文を作成する。論文は日本語歴史コーパスについての論文集に投稿する予定である。次に本年度の成果を元に、さらにデータベースを拡張していく。人情本に見られる「あて字」が遡って洒落本に見られるか調査を行ったところ、洒落本においては漢字をあてずに平仮名で書かれていることが多く、あまりそれらの「あて字」は見られなかった。人情本において発生したという可能性も考えられるが、やはり読本ひいてはそれに先行する白話小説の翻訳小説や翻案小説にその発生源を求められるのではないかと思われた。人情本に見られた「あて字」が、読本、翻訳小説、翻案小説などに見られるのかを調査し、その結果をデータベースに加えていきたい。これらは洒落本や人情本とは異なり、まだ日本語歴史コーパスには入っていない。研究室や個人が作成した電子テキストを利用し、検索を行う予定である。ただこれらの電子テキストは、精度が保証されていないものもあり、実際にその「あて字」が原本において使用されているのかを、逐一確認する必要がある。その作業には膨大な時間を要することが見込まれており、研究協力者を募って、確認作業を行ってもらう予定である。その他、白話関連の辞書、近世近代の節用集、近代の国語辞書などについても、人情本の「あて字」が見られるか調査を行う予定であり、これも同様に研究協力者に分担して作業を行ってもらうことも計画している。これらの研究成果をまとめて、年度末には研究発表を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
申請者は本課題と併行して特別研究員奨励費の研究課題「近世近代における平仮名の字体の研究」(課題番号18J00781)に取り組んでいた。どちらの課題も近世近代の表記研究であり、必要な書籍も共通するものが多く、これまでは特別研究員奨励費の範囲内で揃えることができた。 今後の使用計画としては、実際に研究を行ったことにより、当初の予定にはなかった書籍を購入する必要が生じたので、物品費に計上して使用する予定である。 またこれまでは人件費が発生しなかったが、三年次以降は必要になることが見込まれるので、それに使用するつもりである。
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