研究課題/領域番号 |
18K12518
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
篠田 知暁 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 研究員 (50816080)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | モロッコ / 地中海 / ポルトガル / 境域 / 外交史 / イスラーム法 |
研究実績の概要 |
2019年度は、前年度に行ったポルトガルのトーレ・ド・トンボ文書館での資料調査の結果発見した、15世紀末から16世紀末のポルトガル王国とモロッコ各地の有力者との外交交渉に関する文書に基づき、2度の学会報告を行った。まず、5月秋田で開催された日本中東学会で「ワッタース朝期マグリブ・アクサーにおける境域の統治者とポルトガル国王の外交交渉」と題した報告を行った。そして、従来の叙述史料を用いた研究では異教徒に対するジハードの指導者としての側面ばかりが強調されてきた、モロッコ地域北部のキリスト教徒との境界領域のムスリム統治者たちが、ポルトガル王国とより複雑な「外交」関係を持っていたことを明らかにした。その後7月イギリスのリーズ大学で行われた国際中世学会でも英語で報告を行った。 また、Mediterranean Historical Review, 34(2)に論文"The 1538 peace treaty and conflict over the control of the frontier in Northern Morocco"が掲載された。これは、投稿自体は前年度に行ったものだが、査読者の指摘を受けて、初期近世の地中海世界における外交史研究の成果を問題提起の箇所に大幅に取り込んだ。 また、12月には九州大学で行われた九州史学会で、「17世紀マグリブ・アクサー地域北部の山地の駆け落ち騒動」と題した報告を行った。そして、17世紀初頭のモロッコ北部山地で起きた駆け落ち事件に関する法学的な議論に基づき、この地域の山村住民の間でも、イスラーム法に基づいて裁判を行う制度が整っていたことを明らかにした。そして、それは15世紀以降この地域の住民に対して行動規範のイスラーム化を促してきた、スーフィー・ウラマーの活動の結果であることを指摘した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2018年のポルトガルでの外交資料調査の結果、初期近世のポルトガルとモロッコの外交関係に関する、一世紀以上にも及ぶ研究者たちの資料調査と出版にも関わらず、いまだ分析どころか紹介さえされていない文書が多数あることが分かった。これらの翻刻も概ね終了しており、その作成された歴史的文脈の分析も、昨年の2度の報告で十分に深めることができた。また、昨年度出版された論文により、異教徒との境界領域におけるムスリムとキリスト教徒の関係は流動的であり、ジハード・聖戦の言説は、また、これまでの研究では、国家や地域の統治者によるジハードへの動員の対象として捉えられてきたムスリム住民が、より積極的に境界領域での経済活動に従事していたことを明らかにできた。これにより、境界領域を行き来する人々の活動が、この領域での異教徒間関係をどのように形成していたのかについては、十分議論ができている。 さらに、この境界領域で起きた駆け落ち騒動に関するアラビア語の論考も、モロッコの文書館で現存が確認できる2点の写本の電子画像を入手し、すでに別個に翻刻するとともに、英訳を進めている。この史料は、純粋にイスラーム家族法上の議論に留まらず、17世紀初頭のモロッコ地域北部の山村における法的慣行や、家庭生活に関する慣行、さらにこの地域の知識人エリートのキャリアや大都市の学者との関係など、多岐にわたる情報を含んでいることが分かった。これにより、異教徒との境界領域にあるという条件が、住民の宗教的意識にどのようなインパクトを与えたのかについても、当初予期していなかった形で議論ができている。 その一方で、特にイベリア半島から流入してくるキリスト教徒やモリスコ(キリスト教に改宗したムスリム)が、この境界領域での家族生活に与えた影響については、また十分議論ができていない。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は本研究の最終年度なので、なにより、15世紀モロッコ地域北部のムスリムとキリスト教徒の境界領域における異教徒間関係の形成を、特に外交交渉の場の発展という視点からまとめる。ポルトガル王国は15世紀を通じて繰り返しモロッコ地域北部への遠征を繰り返し、特に沿岸の都市を征服してそこからムスリム住民を排除していった。しかし、安全の確保や、要塞での生活に必要な物資をより安定的に確保する必要から、この境界領域を宗教的なボーダーを越えて行き来する、捕虜解放交渉人や、周辺の部族社会の指導者、さらに冒険的な人々を介して、次第に境界領域の異教徒との外交的な交渉を行うようになっていった。報告者は、昨年度報告を行った、15世紀末から16世紀初頭におけるポルトガル王国とムスリム王朝や地域的な統治者との外交交渉は、それまでの異教徒間関係形成の発展を前提としていると考えており、そのような視点から、両者の外交交渉の歴史をまとめる必要があると考えている。 また、このキリスト教徒との隣在関係が、モロッコ地域北部のムスリム住民の宗教意識に与えた影響についても、史料の精読と翻訳を進めながら、今年度も引き続き分析を進めていく。 その一方で、改宗と婚姻による宗教的な境界の横断に関する研究は、今年度は事例の蓄積に努め、今後より発展させていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス流行の影響で、当初参加を予定していた、2019年度末から20年前半に予定されていた複数の国際学会が中止に追い込まれてしまった。そのため、当初計上していた旅費や学会参加費が余ってしまった。今年度も、少なくとも前半は海外での資料調査も学会報告も難しいと考えられるが、その分は文献の蒐集に充てたい。また、状況が改善することを期待して、積極的に海外での報告にアプライをしたい。
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