本研究では,地域・都市がある程度の災害リスクを受け入れ,災害と共存する社会を実現するための方策としての「避難」に着目した.避難は一種の個人を単位とした行動様式であるが,津波のような低頻度災害の再現期間においてその意識を維持,継承し続けることは難しい.そこで,本研究では,避難に関わる知識や実践を個人ではなく社会単位でとらえることにより,文化として長期的に維持させる方法を検討した. 1~2年次には,南海トラフ地震による津波被害が予測されている高知県をフィールドとして,「世帯別備蓄箱」という地区住民による防災活動の事例研究を実施した.9の地区へのヒアリング調査から,備蓄箱および備蓄箱というモノを介したコミュニティの協働的実践が,個人の避難への備えを促し,また備えへの意識を長期的に維持させる仕組みであることを示した. 2~3年次には,避難時の助け合いに関する「津波てんでんこ」と「要支援者救助」の二つのルールに着目し,助け合いの成功条件を分析するモデルを検討した.本研究では,どちらのルールに従うかに関する当事者同士の事前の取り決めと,ルールに則った避難準備に着目し,それらを「シグナル」としたシグナリング・ゲームによって避難時の助け合い行動をモデル化し,均衡の概念を用いて「シグナル」の導入効果を分析した.これにより,世帯別備蓄箱のような実践が,避難時の助け合い行動をどのように変え得るのかを理論的に示す枠組みを構築できた. また,3年次には令和元年東日本台風による千曲川の洪水氾濫で被害を受けた長野市長沼と豊野を対象に調査をおこない,対象地域で避難が促された背景として,歴史的に積み重ねられてきた被災経験や,住民と専門家で合意された避難ルールが存在し継承されていることを明らかにした.津波とは異なるが低頻度災害という点において共通しており,災害文化の事例研究として重要であるため本課題に位置付けた.
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