研究課題/領域番号 |
18K19335
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研究機関 | 三重大学 |
研究代表者 |
宮崎 多惠子 三重大学, 生物資源学研究科, 准教授 (60346004)
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研究分担者 |
中村 亨 三重大学, 生物資源学研究科, 助教 (00402694)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2023-03-31
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キーワード | ヨコエソ / Sigmops gracilis / ワニトカゲギス科 / 生殖腺 / 性転換 / 人工授精 |
研究実績の概要 |
深海魚の人工繁殖に向けての基盤づくりのため、過去2年間に行ったIKMTネットで水深600mから得られた深海魚を外部形質ならびにmtDNA解析により種分類し、最も個体数が多かったヨコエソを用いて、生殖腺の発達・成熟と標準体長、体重(湿重量)との関係を組織解剖学的に解析した。使用したヨコエソは計114個体で、標準体長(SL)は32.03~103.51mm、体重(W)は0.091~12.010gの範囲であった。両者の関係はW=0.0246SL-0.9425(相関係数0.94)で表された。体長組成は50mmおよび60mm台が多く、これ以降のサイズでは個体数は急激に減少した。これら個体の成熟度ならびに雌雄を判定するために、全体長範囲をカバーするように異なる体長の41個体を選出し、生殖腺の湿重量(GW)を計測するとともにパラフィン組織標本を作製した。その結果、性組成は雄16個体,雌15個体及び,間性10個体であり、80㎜以上の個体は雌、50㎜以上80㎜未満では雄と間性が混在し、 50㎜以下は雄であることが示され。このことからヨコエソの性転換は50~80㎜に起きると考えられた。GSIは精子を持つ雄は0.63~1.96の範囲であり、卵巣完熟期の雌は1.06~14.26の範囲であった。雄では生殖腺の発達に伴うGSIの増加は認められないことがわかった。雄の成熟は標準体長と体重の両方と正の相関関係を示したが、雌の成熟は体重との相関が高かった。標準体長と体重の関係を雌雄別に回帰すると、相関係数は雄(0.93)のほうが雌(0.73)より高かった。これらの結果から、人工授精に適する個体は、雄は標準体長50mm前後、雌は80mm以上で体重10g以上が適当であると示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
新型感染症禍で許可されたR2及びR3年度の研究航海で取得できた標本を使用して、深海魚人工繁殖の基盤づくりに着手することができた。深海魚採集では魚は船上に瀕死状態で揚がるため、人工授精を行うには船上で雌雄の成熟個体を目視で判断し、開腹して成熟した卵と精子をそれぞれ取得しなければならない。成熟度と体サイズの関係性を見出すデータを得るには供試標本数を確保する必要がある。2年間の航海で得られた深海魚標本について外部形質ならびにmtDNA解析により種判別を行った結果、当調査海域で最も個体数が得られたヨコエソ(ワニトカゲギス科)が当調査海域で人工繁殖を試みる対象種として適切であると判断された。今年度は本種について体長、体重、生殖腺重量を計測するとともに、生殖腺の組織標本を作製して雌雄判別ならびに成熟度の判定を行った。これらの解析データからヨコエソの標準体長と体重、雌雄と間性、ならびに生殖腺成熟ステージの関係を導くことができた。生殖腺の組織学的な観察結果からは、ヨコエソは成長に伴い雄から雌に性転換していることが明確に示され、その境界は標準体長50~80mmであることが明らかとなった。雄の成熟度は標準体長と高い相関を示したことから、人工授精に供する個体は精子が充満する50mm前後が適当であると判断された。一方で雌の成熟は体重との相関が高いことから、性転換後の標準体長80mm以上で体重は10g以上の個体を選出する必要があると判断された。これらの結果は、船上で採集個体を目視で選別し、開腹する個体を選出する際の指標として使用でき、このことにより人工授精を効率よく行うことが可能になった。
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今後の研究の推進方策 |
R4年度の研究航海もコロナ禍で乗船人数制限があり規模縮小ではあるが4泊5日の航海を計画することができた。当航海にてIKMTによるヨコエソの採集を精力的に実施し、船上において人工授精を実施する。この際、R3年度の成果である標準体長を指標とした雌雄判別方法、ならびに成熟度判別方法を適用し、採集された個体から人工授精に供する個体を効率よく選別し、開腹し受精させる。また、R3年度はヨコエソについて上記の指標を見出したが、他の深海魚についても個体数を確保して同様の解析をすすめ、人工授精を効率化するための指標を作る。 採集個体数が少ない魚種については、視覚器官についての解析を実施する。ハダカイワシ類については現在ロドプシン遺伝子の全長配列解析をすすめており、今後はこれらについてアミノ酸キーサイトから推定される最大吸収波長を示す。得られた結果を分子系統解析に供し、ロドプシンアミノ酸変異と吸収波長シフトの関係、これらの系統進化との関係を明らかにすることにより、ハダカイワシ類が種分化の過程で生息水深をどのように変え、適応進化したのかを考察する。また一般に「深海魚」と称される魚種の中には200m以浅に出現する種がいる一方、深海魚との認知はないが眼や網膜に暗所適応に特徴的な形質が観察される種も多いことに関して、視覚器官の特徴からの説明を試みる。すなわち、海洋において表層から水深1000m付近まで鉛直方向に適応分散するサバ亜目、フサカサゴ科、ホタルジャコ科、ならびにヒメ目魚類について、眼球形質(タペータムや無水晶体間隙)や網膜組織構造(視細胞の種類と分布、微細構造)、ならびにオプシン遺伝子のバリエーション(オプシンの種類と数、アミノ酸シフト)を網羅的に解析することにより、「深海魚とは?」を理解するための資料とする。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型感染症の影響で研究航海が制限され解析に必要十分な深海魚を確保できていなかったが、R3年度にようやく解析を進めることができ、ヨコエソについて船上での人工繁殖操作に必要な基礎データである、性別判定ならびに成熟度判定可能な標準体長を割り出すことができた。これらの結果を利用して、本課題の最終目標である人工授精試験に着手する機会を設けるためR4年度に課題を延長した。予算は人工授精させた卵を研究室で継続培養する機器ならびに人工海水にあてる。また、他の深海魚についてもヨコエソと同様に人工繁殖に有用なデータを用意する組織解剖実験を行う予定であり、これにも予算を充当する。
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