本研究では,がん変異により異常をきたすタンパク質間相互作用を効率良く同定するための解析戦略を構築することを目的とした.具体的には,がんゲノム変異データベースに登録された膨大な遺伝子変異情報をタンパク質立体構造データと組合わせて用いることで,変異が集中して見つかるタンパク質表面を抽出し,そこに結合するタンパク質を独自の細胞内光クロスリンク法を駆使して特異的に同定する.さらに,同定した相互作用にがん変異が与える機能的影響をシステマティックに解析することで,がんで異常をきたすタンパク質間相互作用を効率よく同定するための解析基盤を構築する. 我々は,多くの非小細胞性肺癌において変異が見られるKEAP1遺伝子に着目し,そのタンパク質表面上の変異が集積する領域を特定した.そこで,この領域を介して相互作用する因子を独自の「細胞内光クロスリンク法」を用いて同定することを試みた.その結果,細胞内小胞輸送に関与する複数のGTPaseをKEAP1の新規相互作用因子として同定することに成功した.さらに,同定されたKEAP1とGTPaseの相互作用が実際にがん患者由来のKEAP1変異により顕著に抑制されることを示した.これにより,変異集積領域に着目することでがん変異に影響されるタンパク質間相互作用を効率良く同定するという当初のコンセプトが実証された.さらに,同定されたGTPaseのうち,細胞の遊走・浸潤に深く関わるRab8aに着目し,KEAP1との機能的関連を調べた.その結果,定常状態ではKEAP1がRab8aを核近傍領域に係留してRab8aの機能を抑制していること,また,KEAP1に対する点変異によりRab8a機能抑制機構が破綻し,Rab8aがそのエフェクターであるMT1-MMPとともに細胞辺縁へと移動することが細胞遊走・浸潤能の増進に寄与するという新たな経路の提唱に成功した.
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