研究課題
地域内の感染症流行が国内あるいは海外でどのように伝播したのかを科学的見地に基づいて推定し、感染症の制御を達成するための重要な基盤情報とするため、下水中の病原体の探索を実施した。大阪府内の下水におけるSARS coronavirus-2は感染者数と関連性が認められ、次の感染ピークの予測に有用であることが考えられた。同様のスキームによって感染症の流行予測への応用が期待される。ディフィシル菌とウエルシュ菌についてゲノム解析を進めた。ディフィシル菌については5株のCDT遺伝子保有株のゲノムを解読した。また、これまでに名古屋市で収集されたおよそ140株についてtoxinA、toxinB、CDT遺伝子の保有をPCRで確認し、PCRリボタイプ、slpA-typing、POT法で分子疫学的な関連性を調査した。欠損データが存在し、これらの確認が必要であるが、菌の分離日と比較することで、複数の系統の菌による散発的流行や再流行(再発的流行)と考えられる状況を探知し、さらに詳細に解析している。ウエルシュ菌については5株の新型エンテロトキシンBEC遺伝子保有ウエルシュ菌の完全ゲノムを解読し、BEC遺伝子をコードするプラスミドが自然環境下で水平伝搬していることを初めて検出した。さらに、公共のデータベースに登録されているウエルシュ菌のゲノム情報についてデータマイニングを実施した。この結果、これまで知られていた数より多くのウエルシュ菌がBEC遺伝子をコードするpCP13-like family plasmidsを保有していることを確認し、ウエルシュ菌におけるpCP13-like family plasmidsの重要性を提示した。
3: やや遅れている
COVID-19の流行に伴い、下水活用の観点からSARS coronavirus-2の検出が主な実施内容となり、分担研究者である北島の参画するタスクフォース連携によって国内のSARS coronavirus-2サーベイランスが大きく発展し、寄与することができた(発表5題。第58回環境工学研究フォーラム環境技術・プロジェクト賞受賞)。また、COVID-19の流行によるその他感染症の発生動向に注目し、感染性胃腸炎および食中毒の発生動向の変化について解析を行った。小児の感染性胃腸炎の報告数は大きく減少はしていたものの、協力クリニックから提供され、少ないながら感染把握を継続できた。国内で分離されたディフィシル菌のうち海外では強毒株とされるCDT産生株について、海外株との比較ゲノム解析のために全塩基配列を解読し、比較ゲノム解析を進めている。分子疫学的手法を用いた解析について欠損データの確認を進めている。分離日等の時系列データの整理を合わせて進め、論文投稿の準備中である。2014年に我々が新たに同定したウエルシュ菌の新型エンテロトキシンBEC産生株について、完全ゲノムを決定した。この情報からBEC遺伝子をコードするプラスミドが自然環境下で水平伝搬していることを初めて検出した。BEC遺伝子をコードするプラスミドは接合伝達性プラスミドpCP13と同様のconjugation locusを有していた。これまでにpCP13-like family plasmidsが感染症へ関与するという明確な知見は得られていなかったが、我々はデータマイニングと比較ゲノム解析からpCP13-like family plasmidsは多くのウエルシュ菌が保有する接合伝達性プラスミドであり、BEC遺伝子の他にも病原因子を取り込む可能性が示された。これらの内容はBMC Genomics.に掲載された。
下水を用いたサーベイランスによる疫学解析はCOVID-19によって広く認識されるようになり、検出データを用いた感染規模の予測化へと発展を続けている。本研究課題においても下水の定期的な採水を用い、SARS coronavirus-2の検出に軸足を置き、パンデミックに柔軟に対応するとともに、本研究が下水を用いた感染症モニタリングについて先駆的に課題としてきたことが有益であった。メタゲノム解析によってSARS coronavirus-2変異株の置き換わりなどが把握できれば、患者ベースではないサーベイランスの実施が期待され、機能的下水疫学へと発展できると考えている。感染症サーベイランスによる病原体検索は患者検体をベースにしており、検体提供数の減少が著しく、感染症の背景(平時の状況)の把握が困難になってきている。今後は当初の課題としてきた下痢症ウイルスの変異予測への応用や不顕性感染の影響評価のため、下水検体からのノロウイルス検出、メタゲノム解析を活用した解析に取り組む。ディフィシル菌については地域における散発的流行や再発的流行が予想され、この原因として環境中の菌の影響が考えられる。この関連性を調査するために下水や河川水等から菌を分離して、環境存在の影響についてこれまでに得た知見をさらに深める。また、散発的流行や再発的流行を起こしたと考えられる株が同一なクローであるかより正確に確認するために、全ゲノム解析を実施する。
コロナ対応により解析対象としている病原体についての進行できておらず、その解析費用分が繰り越されている。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (7件)
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