グルタミン酸受容体のアゴニストであるドーモイ酸を成体マウスに腹腔投与(0.1、0.3、1.0mg/kg体重)した結果、海馬依存性が高いとされる空間連想記憶障害が生じることを条件付け学習試験にて明らかにした。さらにドーモイ酸高用量投与(1.0mg/kg体重)群において、さらに投与の週には、その記憶異常が認められなかったが、2週間後に扁桃体依存性が高いとされる音連想記憶異常が生じることを突き止めた。そこで、記憶異常の分子メカニズム解明を目的として網羅的遺伝子発現解析を行った。その結果、ドーモイ酸投与5日後のマウス海馬において、多くのキナーゼ群の遺伝子発現誘導が示された。そこで、こうしたキナーゼ群による軸索タンパクへの生化学的性状への影響を検討する目的で、軸索タンパクのタウプロテインに着目し、ドーモイ酸投与から1、2、及び3週間後の海馬における、(1)タウタンパクのリン酸化及び(2)タウタンパクの界面活性剤への溶解性に焦点を合わせて解析した。その結果、タウタンパクの一部のリン酸化部位のリン酸化異常とともに、界面活性剤への溶解性に異常が認められた。以上の結果から、ドーモイ酸投与によるグルタミン酸受容体シグナルかく乱の結果、遅発的に軸索機能影響が生じることをタンパクレベルで示すことに成功した。一方で、前シナプス及び後シナプスのマーカータンパクの発現量には異常を認めなかった。以上の結果から、ドーモイ酸による記憶異常メカニズムは、シナプス異常ではなく軸索機能不全によるものと推測された。一方で、初期記憶異常を引き起こした時点での海馬において、神経細胞死等の病理所見は得られなかった。そこで、急速凍結スライス海馬を用いて、膜電位感受性色素を用いて、ドーモイ酸を添加しての神経回路機能解析を行った。その結果、一時的に神経回路機能は阻害されるものの、回復傾向を示すことが判明した。すなわち、少なくとも、ドーモイ酸による記憶異常(空間連想記憶異常)は神経細胞死による機能不全ではないことが強く示唆された。
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