前年度に引き続いて、ルノルマン・ド・トゥルヌエム在職時に開催されたサロンを中心に、資料の収集とサロン出品作のデータ作りを行った。科学研究費による調査(2009年3月)のほかに、私が以前から携わっているルーヴル美術館との協力による日本での美術展覧会の開催のための出張(2008年7月、11月)の機会を利用して、パリの図書館やルーヴル美術館の絵画資料室を利用して、図像資料の収集や文献の調査を行った。今日ではほとんど無名に近い画家や彫刻家が多いこともあって、なかなか進まないのが実情である。フランスの18世紀美術研究者からは、美術品の売り立て記録(パリのドゥルオ館やサザビーズ、クリスティーズなど)にも注目するよう助言を受けた。今後、この面でも調査を継続するつもりである。このようなサロンから派生した美術批評にも、ドロワーヌ・コレクション(国立西洋美術館にマイクロ・フィッシュあり)などから資料を集めて検討を続けているが、こうしたサロンを通して、美術鑑賞の問題が新しく生まれたこと、フランス人の自国の美術への関心が強くなってきたことが予想されるが、その経緯はまだ充分に解きほぐしていない。それは最終的には18世紀末の美術館創設に結びつくが、その端緒を開いたという意味で、ルノルマン・ド・トゥルヌエムの活動がきわめて重要であることが、あらためて確認できた。その点で、彼の大きな貢献はルーヴル美術館の先駆であるリュクサンブール宮殿の仮設美術館の創設だったが、ここに展示された作品の選定について、ルブラン師の活動が大きな鍵を握っているような手がかりをつかんだ。このことについては未だ研究がなく、ルブラン師の経歴なども含めて今後の私の新しい課題である。
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