本研究は、これまで指摘されてきている英語の「結果志向」と日本語の「過程志向」という傾向性を、言語構造の様々なレベルで再考察し、英語と日本語の言語構造の背後にある思考体系を明らかにすることを目的としている。平成21年度は「志向性と事態把握」に焦点を当て、「結果志向」と「過程志向」という思考パターンを「好まれる事態把握」、すなわち言語化以前に状況を認知する方略の傾向性という観点から捉え直し、主に動詞の意味構造で論じられることが多かった英語と日本語の「結果志向」「過程志向」を語・句・文・談話・文化コミュニケーションの各レベルからより包括的に検証した。 ある言語が特定の志向性を持っていると結論付けるには、断片的な議論だけでは不十分であり、様々な言語現象に共通して確認される傾向性を実証する必要があると思われる。言い換えると、ある言語の様々なレベルで他の言語とは異なる特質が一貫して観察されるということは、それを動機付けている何らかの根本的な思考パターンが存在していることを強く示唆するものであるということである。英語は事態を外からの視点で捉える「客観的把握」を、日本語は事態を体験的に捉える「主観的把握」を基盤とした状況認知を行う傾向が強いことは指摘されてきた事実である。それがそれぞれ「結果志向」「過程志向」とどのように関わっているのかという問題を明らかにすることは本研究の大きなテーマであるが、そこには「有界性」「無界性」という事態把握を動機付ける概念が深く関与していることを各レベルの議論から導き出した。これまで断片的にしか論じられてこなかった志向性の顕在に関する議論に対し、志向性は各言語レベルを横断して一貫して観察されうるという新たな論点を提供するとともに、各言語の「好まれる言い廻し」(Fashions of speaking)を生み出す「事態把握の仕方」を実証的に論じた。
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