フランス文学においては、19世紀まで西欧そのものの否定としてではなく「他者」に投影した西欧の憧憬にすぎなかった非西欧世界が、第一次世界大戦後、西欧中心的価値観に疑義が呈されると期を一にして、別の価値観-袋小路に陥ってしまった西欧近代的価値観とは異なる価値観-の具現化として表象されるようになる。19世紀までの文学において西欧の自己確認装置として機能していた非西欧世界は、20世紀以降、西欧を否定しその価値観を転倒させる装置として機能するようになるのだ。本研究の目的は、20世紀のフランス作家が西欧近代のどのような価値観に否を突きつけ、何のアンチテーゼとして非西欧世界を提示しているのか、という点を明らかにすることである。 研究の二年目である今年度は、前年度に引き続き基本参考文献のリスト作成と資料収集を行うと同時に、19世紀末から20世紀初頭にかけての異国趣味に立脚するフランス文学の検討を試み、オリエンタリスムやエグゾティスムに関わる専門家と積極的に意見を交換した。この作業と平行して、第二次世界大戦後に顕著になる、西欧近代的価値観そのものの批判を検討した。9月上旬にフランスへ赴いた際には、フランス国立図書館等で日本では入手困難な資料を入手するとともに、現代思想や哲学の専門家と意見交換を行う場を設け、豊かな成果を得ることができた。 また、研究代表者の専門であるル・クレジオが、2008年度のノーベル文学賞を受賞し、すぐれた研究論文等も次々に発表されてきていることもあり、フランス現代文学における非西欧世界へのまなざしのひとつの典型を体現しているこの作家についても、さらに考察を深めつつある。2009年1月にEurope誌がル・クレジオの特集を組んだ際には寄稿を要請され、作家の思想上・文学上の変遷を「脱西欧」の観点から論じた《De la claustromanie au nomadisme : rorigine du gout del' ailleurs chez Le Clezio》を発表した。
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