フランス文学においては、19世紀まで西欧そのものの否定としてではなく「他者」に投影した西欧の憧憬にすぎなかった非西欧世界が、第一次世界大戦後、西欧中心的価値観に疑義が呈されると期を一にして、別の価値観-袋小路に陥ってしまった西欧近代的価値観とは異なる価値観-の具現化として表象されるようになる。19世紀までの文学において西欧の自己確認装置として機能していた非西欧世界は、20世紀以降、西欧を否定しその価値観を転倒させる装置として機能するようになるのだ。本研究の目的は、20世紀のフランス作家が西欧近代のどのような価値観に否を突きつけ、何のアンチテーゼとして非西欧世界を提示しているのか、という点を明らかにすることである。 研究の最終年である今年度は、2008年度のノーベル文学賞を受賞し、西欧を相対化する視線を現代フランス文学のなかで最も体現している作家ル・クレジオを中心に考察を深めた。9月上旬にフランスへ赴いた際には、フランス国立図書館等で日本では入手困難な資料を入手するとともに、現代思想や哲学の専門家と意見交換を行う場を設け、豊かな成果を得ることができた。11月にル・クレジオが来日して東京大学で講演を行った際には運営に携わるとともに、作家本人と個人的に話す機会を設けて貴重な証言を得ることができた。 2010年3月に出版したル・クレジオ『地上の見知らぬ少年』の翻訳では、「訳者あとがき」において、この作家の思想的・文学的変遷を詳細に論じつつ、当作品では「子ども」の視線を同化していく試みが、西欧的な思考体系から逃れ出ようとする試みと重なっていることを明らかにした。
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