研究課題
真核細胞の走化性シグナル伝達の仕組みは、細胞性粘菌などの下等な生物からヒトの免疫細胞まで進化的によく保存されており、誘引性リガンドを受容するGPCRとそれに共役した三量体G蛋白質のシグナル伝達反応が起点となる。10の6乗倍以上の広いリガンド濃度域にわたって細胞前後での濃度差が認識され、方向性のある細胞運動が誘起される。この広い応答現象の分子メカニズムは、従来、GPCRのリン酸化制御により理解されてきた。しかしながら、最近我々は、GPCRのリン酸化制御だけでは不十分であり、三量体G蛋白質の細胞質-細胞膜間の局在制御によって広い濃度域の走化性応答が実現されているという、これまで全く知られていない新しいメカニズムを発見した。細胞膜上での三量体G蛋白質の量を制御することでシグナル伝達効率を変え応答濃度域を広げる仕組みとなっている。そこで本研究では,三量体G蛋白質の細胞質-細胞膜間局在制御の仕組みを解明し、「G蛋白質局在制御によるGPCRシグナリングの調節」という新しいコンセプトの確立を目指した研究を実施している。これまでの研究から、三量体G蛋白質と結合する細胞質因子のGip1が細胞質-細胞膜間での局在を制御していることが明らかになっていた。そこで本年度は、Gip1-G蛋白質複合体の形成・解離を調節する分子メカニズムについて研究を進めた。Gip1に対してアラニンスキャン法を適用し、G蛋白質との複合体の解離に重要なアミノ酸がPHドメインにあることが明らかとなった。PHドメインに作用するシグナル伝達分子を同定するために候補となる遺伝子の変異体を用いた解析を行なったが、現在のところ同定には至っていないので、引き続き解析を進める。
2: おおむね順調に進展している
これまでの研究からGip1による三量体G蛋白質の細胞質-細胞膜間局在制御の重要性が明らかとなってきた。そこで本研究では、Gip1-G蛋白質間の複合体形成とその調節の分子メカニズムを明らかにする。また、同様のメカニズムがヒト細胞においても働いている可能性について検証を進める。主に次の3つの研究課題を実施している。すなわち、[研究項目1] 細胞質におけるGip1とG蛋白質の複合体形成の分子メカニズム、[研究項目2] リガンド刺激によるGip1-G蛋白質複合体の調節メカニズム、[研究項目3] G蛋白質局在調節メカニズムの普遍性、である。本年度は特に研究項目2について研究を進めた。細胞をリガンドで刺激すると、Gip1-G蛋白質複合体が解離し、G蛋白質が細胞膜へと移行する。Gip1の変異体解析から、この応答にはGip1のPHドメインが関与することが明らかになった。複合体の解離を促進する未知のシグナルがPHドメインへと作用すると考えられる。PHドメインは一般的にはイノシトールリン脂質と結合することが知られているが、Gip1は細胞質に局在することから、その遊離体かイノシトールリン酸などの代謝物の関与が考えられる。そこでイノシトールリン脂質の代謝に関わる様々な酵素の変異体あるいは阻害剤を用いてGip1-G蛋白質複合体の細胞内動態解析を進めた。候補分子に関して、今後はさらに生化学的な解析を進める。研究項目3については、Gip1のヒト細胞ホモログであるTNFAIP8ファミリーのTIPE2、 TIPE3に注目し、プルダウン法等を用いて相互作用分子の同定を進めると共に三量体G蛋白質との相互作用の有無についても解析を進めている。これらの研究はおおむね計画通りに進めることができている。
本研究においては、Gip1-G蛋白質複合体の形成・解離を調節する分子メカニズムの解明が重要となる。来年度も引き続き、この複合体の解離を促進する未知のシグナルの同定を目指す。細胞質のPHドメインに作用するシグナル分子は他の細胞系においても全く知られていないので、同定できれば新規性は高い。生化学的な手法等を用いてGip1-G蛋白質複合体の安定性に影響する分子の探索をすすめる。また、G蛋白質の局在制御および活性制御に働くことが示唆されている分子について遺伝子ノックアウト株の調整と表現型の解析をすすめ、走化性応答の濃度レンジの調節に働く可能性について検討する。今後も上述した3つの研究項目を主に遂行する予定であり、研究計画には大きな変更はない。
すべて 2020 2019 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 3件、 招待講演 6件) 備考 (4件)
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