研究課題/領域番号 |
19H00982
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
上田 昌宏 大阪大学, 生命機能研究科, 教授 (40444517)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 走化性 / 三量体G蛋白質 / GPCR / 適応 / 細胞性粘菌 |
研究実績の概要 |
真核細胞の走化性の研究には白血球と細胞性粘菌の2つがそのモデルとして精力的に解析されてきた.特に,粘菌細胞の研究から走化性シグナル伝達の分子基盤に関する知見が多く得られている.我々は,粘菌細胞を研究対象として走化性誘引物質のセンサーであるGPCR-三量体G蛋白質(G蛋白質)に注目し,その機能解析を進めてきた.その結果,三量体G蛋白質のシグナル伝達反応には,少なくとも3つの機構があり,それらのシグナル伝達反応が働く誘引物質濃度のレンジが異なることにより,細胞の走化性応答が100,000~1,000,000倍の広い濃度にわたって可能になっていることが明らかになった.低濃度領域では高親和性GPCRによるG蛋白質の活性化によってシグナルが伝達され,中濃度領域ではG蛋白質の細胞質-細胞膜間局在制御によってシグナルが伝達され,高濃度領域では低親和性GPCRとG蛋白質の複合体形成によってシグナルが伝達される.細胞質-細胞膜間局在制御には,三量体G蛋白質と複合体を形成するGip1が局在制御を担う中心的な分子であることが明らかになっている.さらに,三量体G蛋白質の非受容体型GEFであるRic8についても機能解析を進めることが可能となり,G蛋白質の活性化制御に関してGip1とRic8の協調的な役割が示唆された. 高濃度領域においてGPCRがG蛋白質に対する結合部位として働き,細胞膜上でG蛋白質の空間的な位置を制御することで空間的な濃度勾配シグナルを伝達すると考えられる.この仕組みの解明は,本研究の主目的としてきた三量体G蛋白質の細胞質-細胞膜間局在制御の解明と共に,三量体G蛋白質を介したシグナル伝達のメカニズムとして新たなコンセプトの確立をもたらす可能性がある.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
三量体G蛋白質のシグナル伝達反応の時空間ダイナミクスを100,000~1,000,000倍の濃度レンジにわたって定量的に解析するために,光学顕微鏡を用いたライブイメージング法を開発した.三量体G蛋白質の活性化はGαサブユニットとGβγサブユニット間の蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)によって計測でき,三量体G蛋白質のGip1依存的な細胞質-細胞膜間局在制御は共焦点顕微鏡による局在観察によって計測でき,G蛋白質と受容体との複合体形成は全反射蛍光顕微鏡による1分子イメージングによって計測できる.これらの計測により,三量体G蛋白質の活性化は誘引物質存在下で1 nMの濃度依存性を持ち数10 nMで飽和することがわかった.また,この活性化は,GPCRによる活性化に加えて,非受容体型GEF である Ric8 によって促進されることがわかった.これらの反応は特に低濃度領域の走化性に寄与する.Gip1依存的なG蛋白質の細胞質-細胞膜間シャトリングは,10 nMの濃度依存性を持ち,数100 nMで飽和することがわかった.Ric8とGip1の2重遺伝子欠損株は強い走化性異常をしめした.さらに,G蛋白質の1分子計測によりGαサブユニットが誘引物質高濃度下で低親和性GPCRと複合体を形成し,数100 nMの濃度依存性で数 μMまでシグナルを伝達することがわかった.これらの反応は特に高濃度領域の走化性に寄与する.以上のように,G蛋白質の様々な反応を組み合わせた勾配認識機構と応答濃度レンジ拡張機構について理解が深まってきた.走化性のGPCRシグナリングはヒトを含め真核生物で広く保存されており,白血球においても広い濃度レンジで走化性を示すことから,同様の制御機構が広く働いている可能性が示唆される.
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今後の研究の推進方策 |
引き続き当初の研究計画を軸にして研究を進めて行く.Gip1の立体構造解析についてさらに進め,Gip1とG蛋白質間の複合体形成の分子メカニズムの解明に取り組む.また,誘引物質の高濃度領域で起こることが示唆されたGPCR型受容体とG蛋白質の安定した相互作用について1分子イメージング解析と数理モデルの構築を通して明らかにする.GPCRがGαの結合部位として化学量論的な制御に関与するという発見は,従来考えられていたG蛋白質の酵素的な活性化とは全く異なる新たな概念である.GPCRは低リガンド濃度では酵素的に働き多量のG蛋白質を活性化することでシグナルを伝達するが,高リガンド濃度レンジでは結合部位として働き細胞膜上でG蛋白質の空間的な位置を制御することでシグナルを伝達すると考えられる.この仕組みは,濃度勾配シグナルの伝達機構としても新規性がある.
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