研究実績の概要 |
真核細胞の走化性は,細胞性粘菌からヒト白血球に至るまで,走化性シグナル伝達系の構成分子がよく保存されている.粘菌細胞は走化性のモデル生物であることから,走化性シグナル伝達の仕組みに関する知見が多く得られてきた.粘菌細胞が誘引物資濃度勾配を認識する仕組みとして,二つの分子回路の組み合わせが重要であることがわかってきた.一つは細胞の両端における誘引物資の空間的な濃度差を10の5乗から6乗倍の広い濃度レンジにわたって検出する分子回路(適応-差分検出系)である。もう一つは濃度勾配シグナルをデジタル的な1/0のシグナルに増幅する分子回路(興奮系)である.適応-差分検出系の仕組みについては,GPCR型の誘引物資受容体と三量体G蛋白質,それらの調節分子(Gip1, Ric8, RGS,アレスチン)の細胞内時空間動態を解析することで,3つのメカニズムが働くことが明らかになった。10 nM以下の低濃度領域では,GPCR型走化性受容体,RGSs,非受容体型GEFのRic8による三量体G蛋白質の活性化調節によって,濃度勾配に応じたG蛋白質の活性化反応の勾配が形成される.10-300 nMの中濃度領域では,Gip1による三量体G蛋白質の細胞質-細胞膜間局在調節によって,活性型G蛋白質の濃度勾配シグナルが形成される.100 nM以上の高濃度領域では,活性型G蛋白質と受容体の複合体形成,およびアレスチンによるG蛋白質非依存性シグナル伝達によって濃度勾配シグナルが伝達される.これらの機構により誘引物資の濃度勾配が検出される.こうした知見に加えて,濃度勾配シグナルの増幅に働く興奮系についても新規の知見が得られ,「ダイナミックパーティショニング」と名付けた細胞極性形成機構を提唱した.走化性シグナル伝達系は真核生物で広く保存されていることから,他の細胞種においても同様の制御機構が働く可能性が示唆される.
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