研究実績の概要 |
個人情報を用いた価格差別が寡占市場の競争や経済厚生に与える影響について理論分析を行った。主な成果のみ記載する。 1.各消費者が単に価格を受容して購買の判断をするだけの主体(受動的な主体)ではなく、通常の価格選択に加えて製品選択の前に個人情報管理の意思決定を行える主体(能動的な主体)として定式化しなおして、個人ごとの価格差別が行える環境を分析した論文Chen, Choe, and Matsushima (2018, ISER Discussion Paper 1023)の改訂作業を行った。主命題として、消費者が受動的に価格を受容する状況よりも消費者が能動的に価格管理を行える状況の方が企業間の競争が緩和され、場合によっては完全価格差別が実現することを示した。この成果は査読過程を経て学術誌Management Scienceに受理され、本年度中にOnlineで近刊論文として掲載された。 2.本来、企業が単独で有する個人情報は競争優位をもたらすにもかかわらず、Choe, King, and Matsushima (2018)が分析した動学の設定では、競争関係にある企業間で個人情報を共有する誘因があり、その結果として消費者厚生が損なわれることを示した。この研究成果をChoe, Matsushima, and Tremblay (2020, ISER DP 1083)としてまとめて、Onlineで公開した。 3.Fudenberg and Tirole (2000)が分析した動学の設定を援用して、消費者を既存顧客と新規顧客の2つに分類する精度の粗い個人情報だけ利用する状況における製品差別化戦略について分析し、最大差別化が唯一起こりうる均衡形態であることを示した。この研究成果をChoe and Matsushima (2020, ISER DP 1079)としてまとめた。これは、企業が既存顧客に対して個別価格を提示できるときに非対称な製品差別化が実現することを示したChoe, King, and Matsushima (2018)とは対照的な結果である。
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今後の研究の推進方策 |
令和元年度に引き続き、研究代表者らによる先行研究であるChoe et al. (2018, Management Science,以下MS)やChen et al. (forthcoming, MS)の設定を援用して、個人情報を用いた価格差別に関する研究を進める。その際、従来から検討されている消費者が受動的な場合に加えて、能動的な消費者を考慮した理論枠組みも構築する。その際、能動的な消費者の振る舞い方として、以下の2種類を検討することで研究を発展させる。(1) 消費者が個人情報の管理を行うことで、企業による個別価格の提示を阻止できること。(2) 企業が、既存顧客向けに提示している価格の他に、新規顧客向けの低価格も提示している時に、既存顧客が企業に対して新規顧客向けの低価格で再契約することを交渉すること。これらに加えて、前述した2つの先行研究をいくつかの方向に拡張する。例えば、Montes et al. (2019, MS)の設定をChen et al. (forthcoming)に援用して、独占のデータブローカーが存在する時の販売方法について、排他取引契約の可能性も考慮しながら検討することは考えられる。
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