研究課題
以下の二つの柱について研究を実施し、記載のとおりの成果を得た。柱1 獲得耐性:RACK1遺伝子(分裂酵母ではcpc2)がさまざまな種類のストレスを用いた獲得耐性に必要であることを示していたが(Biol Chem, 288: 19260-19268, 2013)、その分子機構は不明であった。RACK1がリボソームに結合することから、そのストレス後の翻訳制御が獲得耐性発現に関わる可能性を見出した。実際、蛋白質安定性(プロテオステーシス)の破綻をもたらすプロテアソーム阻害剤処理においても獲得耐性がおこることを発見した。分担研究者の若林は、RACK1flox/floxマウスと、上皮細胞特異的に発現するケラチン14プロモーター下でCre-ERを発現するK14CreERマウスを交配し、マウス皮膚にタノキシフェンを塗布することでRACK1欠損を誘導できるRACK1flox/flox K14CreERマウスを作成し、DMPA/TPAによる皮膚発がん実験を行った。その結果、RACK1はパピローマの成立と悪性腫瘍へのプログレッションに重要な役割を果たしていることが明らかになった。柱2 弱いストレス特異的反応:分裂酵母を用いた順遺伝学的スクリーニングにより、47°C、2時間処理には耐性であるが、37°C、72時間処理の長期にわたる弱い熱ストレスに感受性をもつ変異株を複数同定した。それらの変異株のうち一遺伝子異常によると思われるものの全ゲノムDNAをNGSにより決定し、原因遺伝子候補を同定した。今後、弱い長期間ストレスにおけるこれらの遺伝子機能を明らかにする予定である。thermal cyclerを用いて哺乳類細胞に正確に熱ストレスを与える実験系を開発した。熱ストレスの強弱を、温度、持続時間、加熱の強さ、繰り返し数などのさまざまなパラメーターを注意深くあてることにより、熱ストレスを実験的に定量化する目処がついた。
2: おおむね順調に進展している
以下の当初予想しなかった問題点が生じたが、いずれも解決することができた。1)弱いストレスを与える実験では、酵母の実験で広く汎用される栄養要求性マーカーの有無が実験結果に影響を及ぼすことが分かった。2)新型コロナウイルスCOVID-19感染症蔓延のため、研究代表者が所属する施設が流行の度合いに応じて、大学内への立ち入り・実験の実施に一定の制限をつけた。3)2019年11月下旬に研究協力者1名が健康を害して入院加療が必要となり、同年度研究費のうち250万円を2020年度に繰越し申請し承認を受けた。同人は2020年度には療養から回復し、予定していた実験は3ヵ月遅れて終了した。当初計画と比較して、現在の進捗状況は、以下の理由によって「おおむね順調に進展している」と判断している。1)RACK1ノックアウトマウス発がん実験において、同遺伝子がパピローマの成立とその悪性化に重要な役割を果たしていることが明らかになった。この事実は、本研究の最終的な目標である「がんの治癒を目指した新規抗腫瘍法の開発」に到達する上で、これまでの仮説・研究の方向性が正しいことを示唆している。2)弱いストレスの研究方法について重要な経験と知見を得た。このことは今後の本研究課題遂行の上で特に有用であると思われる。3)細胞をシステムとして取り扱う重要性を認識した。本研究を実施する過程で、環境に適応するために細胞は転写・翻訳・代謝・蛋白質ホメオスターシスの全てを動員してシステムとして応答していることが明らかになりつつあり、研究が広がりを示しつつある。4)教育上のメリットとして、本研究は、新規な仮説に基づく研究内容であって大学院学生に大きな興味をもたせることができた。
計画しているふたつの柱について、以下の研究推進方策を立てている。柱1 獲得耐性:1)RACK1はリボソームに局在し、ストレスによる翻訳反応の停止応答に関わる可能性が実験データから示唆されているので、その仮説の可否を示す実験を行う。2)マウス発がん実験で得られるパピローマ、皮膚扁平上皮がんは間質に富み、腫瘍を個々の細胞に分けて分散することが困難であることが判明しているので、分散方法を工夫し、腫瘍細胞と微小環境にある細胞の腫瘍悪性化過程における変化を正確に解析できるようにする。3)プロテアソーム阻害による獲得耐性がRACK1と同様に蛋白質ホメオスターシス不全によるのか否かを明らかにする。柱2 弱いストレス特異的反応:1)分裂酵母を用いたスクリーニングで同定された弱いストレス特異的反応に必要な遺伝子が実際にその役割を果たしているのか否かを分裂酵母および哺乳類細胞株を用いて検討する。2)これまでのところ、1)で得られた遺伝子の産物の多くがミトコンドリアで機能するものであることが分かっているため、柱1とあわせて、弱いストレス反応がミトコンドリアを含む転写・翻訳・代謝・蛋白質ホメオスターシスの統合的システム応答であることを検討する。最終的に、柱1および2の成果を総合して、腫瘍細胞の悪性化に必要な非致死性ストレスを標的とすることが、本研究の目的である治癒をもたらす抗腫瘍療法の開発に資するのかどうかを判断し、本研究課題後の研究方針を策定する。
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