研究課題/領域番号 |
19J11555
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
八木 敬二 一橋大学, 大学院法学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 消費者裁判手続特例法 / 集団的利益 / 第三者のためにする契約 |
研究実績の概要 |
消費者の請求権を集束する新たな手続を創設した消費者裁判手続特例法は、被告事業者の責任の確認とそれに基づく消費者の加入・救済を分ける新たな手続構造を採用している。2019年度は、この特例法の手続に近い制度を採用したフランス法及びドイツ法を参照し、消費者裁判手続特例法の独自性は何か、その発展性はどこに見出せるかという点を研究した。 まず、特例法の独自性について、特例法は共通義務という新たな概念を作り出し、確認の訴えの利益の範囲を拡大している。この点は、現在は原告適格の解釈の中で論じられるのが一般的である。すなわち、特殊な法定訴訟担当であると理解する立場と集団的利益論の延長に位置付ける立場などが対立している。しかし、研究の結果、この問題を訴訟物の問題として捉えることで特例法の手続の本質により迫ることができると判明した。このことは、共通義務と集団的利益論の異同を明らかにしつつ、審判対象たる共通義務の内容を明らかにする点で実務的及び理論的な意義がある。 次に、特例法の発展性について、この種の手続は集合的な和解によって実効的に解決され得ることが比較法的な経験によって明らかにされており、ドイツ及びフランスでもそのような和解の方法が用意されている。そして、被害者に個別的な請求権が帰属しているとの実体法的な理解を前提とする限り、1段階目の手続における和解は第三者のためにする契約になると考えられる。しかし、(既存の権利の処分を含意する)第三者のためにする契約による和解の締結は従来的な和解の方法に比べると特異なものであり、前述した特例法の独自性も手伝って、共通義務確認訴訟上の和解の可否には議論がある。そこで、負担を伴う第三者のためにする契約及び集合的な和解に付される裁判所による和解内容の審査及び許可の意義を研究した。この成果により、共通義務確認訴訟上の和解の対象を緩和することが正当化される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度では、フランス法及びドイツ法を参照し、それぞれの法制度を消費者裁判手続法と比較対照した。各国の手続は先行的に確認訴訟を介在させるいわゆる2段階型の手続であるという点で共通するものの、各国の法理解に応じて微妙に異なる制度となっている。そのため、比較法に若干の困難があったが、新たな訴訟物を措定し、一定の団体に当該訴訟物についての確認の利益を認めるとの訴訟理論に共通点を見出すことができ、研究の基盤が確立されたといえる。同様に、和解に関する研究の柱となった第三者のためにする契約についても、日本がフランス法及びドイツ法と少し異なる法制度を採用していることから、単純な比較が可能なわけではなかった。しかし、明治期の民法起草時において、第三者のためにする契約に関してかなり鋭い議論が展開されていることが分かり、その議論の成果は現在のフランス及びドイツにおける負担を伴う第三者のためにする契約の議論状況を部分的に先取りするものであったと判明した。そのため、第三者のためにする契約による和解のあり方という点についても、日本・フランス・ドイツの議論が噛み合う前提を整えることができたといえる。 また、2020年3月6日には消費者裁判手続特例法に基づく最初の共通義務確認訴訟(いわゆる東京医大不正入試事件)の判決がなされ、その内容は少額多数被害ではなく同種多数被害こそが特例法の特質であることを一つの仮定に置く本研究と軌を一にするものであった。 以上のことから、本研究課題の進捗状況はおおむね順調に進展していると思料する。残る課題は、共通義務確認訴訟に関する訴訟理論からすると手続の範囲に理論的な限定を付す必要はないものの実体法に鑑みると手続の範囲は謙抑的であるべきかという点、そして1段階目の手続の結果が中間判決的に2段階目の手続に拡張されるのは理論的にどのように正当化されるのかという点である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究については、まず、2019年度の成果を博士論文にまとめて広く公開し、社会への還元を図ることを目的とする。具体的には、①フランス及びドイツにおける集団的利益論の系譜とグループ訴訟・ムスタ確認訴訟の関係をまとめること、②共通義務確認訴訟に相当する手続(1段階目の手続)における和解の実体法上の法律構成及び当該和解に関する裁判所による許可の位置付けをまとめること、③2段階型の手続と対象法領域・対象債権との関係をまとめること、によって研究を前に進める。併せて、断続的に出版されているドイツのムスタ確認訴訟の関連書籍を購読するなどし、①から③に関する理解を深めることとする。 博士論文としてのまとめは7月までに完了する予定であるため、その後は、本研究との関係で積み残した③の一部の内容(環境紛争との関係)及び④1段階目の訴訟の結果の手続対象者への拡張の正当化根拠に関する研究を進める。特に、フランス及びドイツでは、1段階目の訴訟の結果が2段階目に活用されるのは裁判の自己拘束性(及び一種の参加)の結果であると説明されているところ、日本では既判力の拡張であると説明されている。ただ、従来的な既判力の拡張によって説明する場合、客観訴訟に接近し、個別的な請求権を救済するという2段階型の手続の本質に反するおそれがある。現在でも、上記既判力の拡張は裁判の自己拘束性(一種の中間判決構成)に近いとすることでこの難点を克服することが示唆されているが、終局判決構成と裁判の自己拘束性を組み合わせる理論は日本に存在しない。そこで、訴訟当事者参加及び混合判決(jugement mixte)によって説明するフランス法と一種の参加である届出によって説明するドイツ法を参考にしつつ、英米法圏で認められるクラスアクションに関する議論も参照しながら、上記④の現象を正当化するための理論構成について研究する。
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