令和五(二〇二三)年度は、以下のような研究成果をあげた。 論文「呂祖謙「十論」の孫呉評価について」は、南宋における孫呉論を伝える史料として呂祖謙「十論」に着目したものである。同史料は、孫呉を中心とした三国論、蜀漢贔屓的性格の不在、正統論の不在、南宋の対金政策の投影という四つの特徴があることを明らかにした。また、斯かる呂祖謙の思想が、この前年度に本研究で着目した李燾との学術交流を踏まえて形成された側面があることも併せて指摘した。 斯かる「南宋における孫呉論」について、蕭常『續後漢書』を手掛かりに分析したものが、論文「蕭常『續後漢書』呉載記第一・第二の贊について」である。蜀漢を高く評価する蕭常ではあるが、彼もまた当時の南宋士大夫が有していた「南宋の鑑戒として孫呉を捉える」という観点を有していたと思しき点も見出せる。これと比較したとき、蕭常は曹魏皇室に対し極めて厳しい評価を下す。論文「蕭常『續後漢書』魏載記第一・第二を巡る一攷察」は斯かる点を論じたものである。ただし同時に、蕭常の三国人物論には、魏蜀呉という王朝の枠にとらわれず、評価すべきは評価するという事例も散見される。また、蕭常が当時の官僚制度に対しあまり関心を持っていなかった可能性も読み取れる。 研究期間全体を通しての研究成果としては、これまであまり着目されてこなかった史料である蕭常『續後漢書』の史観・筆法に関する分析を進めることができた。また、従来の研究ではほぼ顧みられることが無かった「南宋における孫呉評価の特徴」という側面にも光を当てることができた。これらの研究を通して、南宋における三国論がただちに蜀漢正統論一辺倒となったわけではないことを明らかにし、南宋における正統論の展開をより多角的・立体的に捉えることができたと考えている。
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