(1)明治初期に陸軍で用いられていた複数のラッパ譜に基づき、同時代のフランスにおけるラッパ譜と照合しつつ、どのような楽曲が用いられていたのかを検証した。その際、フランスのラッパ譜には存在しない楽曲(合図、行進曲)は、日本で作成された可能性のあるものと推定することができた。(2)アジア歴史資料センターDB等により、明治の早い段階から陸軍工廠において国産ラッパが製造されていたこと、および明治10年代より民間でもラッパ(金管楽器)が製造されていたことを明らかにした。(3)同DBの西南戦争資料から、「喇叭暗号」という使用法を手掛かりに、西南戦争における具体的な運用の実態を明らかにした。
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