本研究は、アフリカ系アメリカ人作家による白人主人公の小説、いわゆる「ホワイトライフ小説」について、20世紀前半から中盤までの作品を主な対象として、同時代の人種言説との呼応性と文学的伝統との交差性を探るものである。この時代のホワイトライフ小説は、各作家に特有の自己意識や執筆背景を反映しつつも、普遍主義思想の高まりや公民権法制定へと向かう時代性、および、アフリカ系アメリカ文学の伝統と「真正性」をめぐる問題意識を共有している。人種的他者としての白人を主体として描く文学形式とその展開について、黒人性表象の問題に終始しがちな先行研究では本格的に論じられることはなかった。そこで本研究は、これまであまり注目されなかった作品を中心に、手書き原稿、創作ノート、書簡などの未出版物、そして当時の批評書や雑誌媒体を精査しながら、ホワイトライフ小説の隆盛をひとつの時代現象として文化・歴史的視座から考察する。 令和5年度は、James BaldwinのAnother Countryについて、ホワイトライフ小説として書き始められたこの作品が、黒人男性ルーファス・スコットの死の意味について白人登場人物が思い巡らす作品に発展していった点について考察した。その際、Another Countryの未出版原稿と構想メモを時系列に整理しながらBaldwinの思想的関心の変化をたどることで、執筆期間にヨーロッパとアメリカを往来していた彼が、公民権運動への関与を深めることで黒人男性の死を描く決断に行った可能性を指摘した。なお、Baldwinは、Another Countryの原型となる作品を1940年代から書き始めており、その原稿や構想メモを精査することで、十数年にわたるBaldwin文学の変遷を確認することができた。
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