本研究は複言語習得における言語間の類似性や干渉に着眼し,先行研究の知見を応用し第三言語習得における文字インプットと音声産出の関係について実証的に明らかにするものである.令和5年度は前年度に引き続き本研究の中核である(2)学習教材と学習効果の検証を行い,その分析結果をもとに聴取実験の準備と(3)つづり字インプットの影響を考慮した音声指導教材の開発の準備を進めた.(2)はつづり字が学習者の発音にどのような影響を与えるかを調べるために音声生成実験を行った.発音と文字インプット,単語の親密度,学習効果を検証するために日本人ドイツ語学習者を対象に,ドイツ語と英語の発音課題を使用し音声生成実験を行いデータを収録した.発音課題は予備実験の結果と先行研究を再検討し,モデル音声と文字,絵をそれぞれ組み合わせて本研究に即するよう応用し作成した.実験参加者を実験群と統制群に分け,文字提示の有無や単語の親密度の違いによってどのように発音が異なるか,一定期間を空けて再び収録した縦断的データを分析することにより学習効果も検証した.得られたデータの分析結果を総合考察し研究の総まとめを行った. さらにドイツ語の円唇母音の調音についてどのような特徴があるかを明らかにするために前年度に収録したドイツ語の円唇と非円唇母音 [i/y],[e/oe]の生成実験のデータ分析を進めた.その結果,ドイツ語母語話者の[i][y]のフォルマントは,F2とF3がともに[i]よりも[y]の方が周波数が低くなることがわかった.これは中国語の[i][y]と同様であり,ドイツ語のウムラウトの発音の際にも必ずしも「口唇の前突」が必要ではないことが示唆された.また知覚実験のためのプログラムをドイツ語母語話者の音声と共鳴管の人工音を使用し作成した.今後,知覚実験を実施し円唇性を決定づける重要な要素は何であるかについてさらに検証を進める.
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