令和5年度は、語形成が行われるいわゆるレキシコン(lexicon)の内部構造の解明に取り組んだ。従来の語形成理論では、少数派で特殊と思われるものを先に処理し、一般的で多数派であるものは後回しにする、という順序が提案されてきた。この順序付けは、英語の派生語形成の説明などには非常に有効であった。しかし、日本語の派生名詞(例えば、「甘み」と「甘さ」)の音韻的な振る舞いの違いの説明には、むしろ不都合であることを明らかにした。そして、代案として、日本語のレキシコンでは、特殊か一般的かという違いよりは、むしろ、規則によって計算できるか、あるいはできないか(=暗記するしかないか)という違いの方が重要であるという主張を行った。 またさらに、令和5年度は、日本語の中の和語、漢語、外来語といった語種(lexical class)の音韻的な違いの認識に、何が役立っているのかの解明に取り組んだ。大人であれば、例えば、「ニモサキ、レンビャクケー、ノイトーバー」のような臨時語(nonce word)を見せて、どれが和語的、漢語的、外来語的かを尋ねたとしても、容易に判断できて、ほぼ同じ回答が返ってくる。では、子どもは、いつ頃から、何を手がかりにして、このような語種の違いを認識するようになるのかを、花の名前に対する反応という観点から、考察していった。結論として、(もちろん個人差があり、また、子どもは「和語」や「漢語」といった概念・用語を知っているわけではないが、)3歳児であっても、和語と漢語と外来語の違いを意識し始めることとがわかった。そして、そうした区別の基準になっているのが、音素配列の違い、および音節構造の複雑さの違いである、という推察を行った。
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