研究課題/領域番号 |
19K01205
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
北中 淳子 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (20383945)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 地域精神医療 / 認知症 / 医療人類学 / 自己参加型医療 / スティグマ / 医療化 / 老い / 自己のケア |
研究実績の概要 |
本研究では前世紀末からあらためて注目が集まっている地域精神医療に焦点をあて、特に2000年代からの老いの医療化と認知症当事者運動の台頭によって、精神医療自体にどのような変化が生じつつあるのかについて考察を進めている。特に、従来は「医療化」というと、自然な(老いの)現象を専門家支配の下に置き、病理化・施設化することで、地域に存在した寛容さや配慮、治療文化を貧困化するものとして論じられがちであった。ところが、認知症をめぐる一連のグローバルな動きをみていると、従来の施設化への流れだけでなく、むしろ地域で、在宅で老いのもたらす病理と共存していこうとする流れが強まっていることが明らかになっている。特に、認知症当事者運動の台頭や、遠隔医療の発展は、従来の精神医療化とは大きく異なる臨床的想像力を可能にしている。さらに、精神医療の地域への浸透と、インターネットを通じた情報共有・当事者グループの発展は、これまで専門家に委ねることで対処してきた老いや死の問題を、あらためて地域でケアできる現象へと変えつつある。そのような動きの中で、人々が自らの老いについて省察し、心や脳の健康を「自己のケア」の一部として振り返る新たな文化が生まれつつあることを、本研究では「新健康主義」と名付け、現在その発展の在り方と、潜在的問題点について調査を進めている。具体的には、臨床現場でのフィールドワーク、医療者や当事者運動に関わる人々へのインタビュー、文献調査を行い、地域精神医療の歴史を探ると同時に、新健康主義が人々の意識をどう変えつつあるのか、その一端を明らかにしたいと考えている。その成果としては、アメリカ人類学会での発表と、日本精神神経学会・パラダイムシフト調査班・医療政策機構等での国内講演を合わせた13回の口頭発表を行い、さらに現在4本論文を執筆しており(執筆中含む)、著書の執筆にも着手している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
初年度は、①地域精神医療に関するフィールドワーク、②それに関連する国内・国際会議への参加、③慶應での国際シンポジウム開催、④文献研究により、本プロジェクトを進めていった。①長野、宮城、関西での地域精神医療・認知症医療に関わる医師へのインタビューと、臨床現場でのフィールドワークを行った。具体的には、認知症を地域・在宅でみていくための支援・医療システムを作ってきた医師たちが、どのように従来の医療を自己参加型医療へと変え、また近年の当事者運動との連携の中で、認知症臨床に新しい視点・方法をもたらしつつあるのかを民族誌的に探究した。②国際・国内学会・講演会で13回発表し、地域精神医学・当事者運動について考察を深め、専門家との意見交換を行った。③『医療と人文社会科学の架橋に向けて』シリーズの国際シンポジウムを3回開催し、シカゴ大学、プリンストン大学、UCバークレー大学からの講師と国内からの研究者を招き、精神医学の国際比較と、監視医療・ケアの作法の両面を持つ精神医療について議論を行った。さらに、④地域精神医療を進めるうえでの大きな障壁となるスティグマについて調べ、地域医療の歴史に関する文献を分析することで、日本における地域精神医療の歴史の一端を明らかにし始めている。初年度後半に関しては、新型コロナウィルス流行拡大の影響を受け、予定していた国際シンポジウムや、講演を依頼されていた学会・講演会が4つキャンセルされ、さらに春休み中の臨床現場でのフィールドワークも叶わなくなり、厳しい状況が続いている。現在は特に文献資料を通じて、監視医療との批判も受けてきた地域精神医療が、どのように精神病を脱スティグマ化し、老いと生死と自律的に向きあう自己参加型医療を構築してきたのかに焦点化して研究を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
現在、新型コロナウィルスの影響で、予定されていた臨床現場でのフィールドワークがすべてキャンセルとなっている状況である。さらに、医師・研究者とのインタビューを予定していた国際学会・国内学会も延期・中止となり、民族誌的調査の再開の見通しは立っていない。また、現在特に多忙な医療関係者に、インターネット等でインタビューを申し込むことも憚られる。海外での調査も難しい。したがって、当面は文献調査を進め、同時に「新健康主義」を中心的概念として、これまでの資料を分析し直しつつ、著書の執筆を進めることに専念したい。夏以降にフィールドワークが可能になり、また国際シンポジウム等の開催の見込みがでてきた段階で、再度研究計画を練り直したい。国際学会・調査を含めた旅費での支出・海外からの研究者の招聘も含めて、研究調査を進めていきたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルス流行の影響で、予定していた国際シンポジウムとフィールドワーク、学会参加が2月以降すべてキャンセルとなっている。状況をみつつ、2020年夏以降に可能であれば、これらの調査等を再開したい。
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