本研究は、「信頼」の概念を基礎として、不信・疑惑(distrust)を低減し、信頼を醸成するメカニズムにビジネスがどのように貢献し得るかを、平和構築の文脈で解明し理論化することを目的とした。また、国連グローバル・コンパクトなどの企業側の規範形成の取組みを視野に入れ、企業が果たそうとする役割と平和構築における信頼醸成を、規範と実態との対比により考察した。 事例として現地調査を行ったのは、ボスニア・ヘルツェゴビナ(BH) とフィリピンのミンダナオである。コロナ禍の影響で現地調査が遅れ、BHでは平成30年度まで行っていた科研費(基盤(C))のフォローアップ調査の形をとった。コロナ禍の影響によって企業ネットワークの活動が休止していたものの、民族を越えた参加者のつながりが消えたわけではないことが確認された。それに対し、公的機関に対する不信感が強く、ガバナンス面の平和構築の問題点が浮き彫りになった。ミンダナオでは現地研究者、商工会議所、地方自治体、企業家など、短期間ながら充実した聞き取り調査を実施することができた。特にテロ撲滅を目的とする大規模な攻撃の対象となったマラウィ市では、長年のミンダナオの紛争に加えてテロ対策の爆撃を経て、フィリピン政府に対する不信感が根強い。避難民は5年を越える厳しい避難生活が続く中で、社会的企業の存在が希望になっている。今後、聞き取り調査の成果を信頼の概念枠組みを適用して分析する予定である。規範と実態との比較としては、アフリカ戦略を事例として国連グローバル・コンタクトに含まれる信頼醸成などの企業による非物質的貢献について分析したところ、これらの概念は活かされていないことが判明した。 本研究の一部は和文学術論文1篇、英文共著学術論文1篇として刊行されているほか、英文学術論文1篇が間もなく刊行される。その他、平和構築関連の学術成果は7.に記述のとおりである。
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