本研究の目的は、高齢者が所有する住宅資産を活用しながらどのように生活維持を試みているのかを実証的に分析することである。取り組んでいるテーマは二つである。一つ目は「親から子への住宅資産の相続可能性は子から親への金銭的支援を増やす」という仮説の検証であり、二つ目は「住宅資産が予想外に積み上がると、高齢者は労働供給を減らす」という仮説の検証である。本年度は第二のテーマについて、研究会や学会の発表討論、共著者との議論を通じて、論文完成を目指した。論文はディスカッションペーパーとしてまとめた後、英文査読誌に投稿した。本年度末に投稿した査読誌のエディターから大幅修正を求められたため、現在修正中である。 研究内容は以下の通りである。持ち家所有者は住宅価格の予想外の上昇を通じて住宅資産が積み上がると、所得に余裕が生まれるため、余暇時間を増やし、労働供給を減らすかもしれない。本研究では、持ち家所有者の自己評価額を過去の自己評価額や築年数などに回帰し、説明できない部分を予想できない自己評価額と定義した。そして、労働供給をこの予想できない自己評価額に回帰した。分析には『日本家計パネル調査』の個票データを使用した。その結果、高齢者は自己評価額の予想外の上昇に対して、労働参加率を減らすことよりも週労働時間を減らすことで対応することを確認した。 このような結果が得られた理由として、住宅市場及び労働市場の流動性の低さが考えられる。日本では既存住宅の売買が容易ではないため、住宅を売却しても現金化しにくい。また、年功序列制度を反映して、勤続年数が長くなるほど賃金が高くなる傾向にあるため、仕事を自ら辞めることの機会費用が大きい。したがって、住宅価格が予想外に上昇したからといって、労働参加を辞めると、使える現金の量がかえって減ってしまうかもしれない。このため、労働時間の微調整に止めていると思われる。
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