研究課題/領域番号 |
19K02102
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研究機関 | 三重大学 |
研究代表者 |
永谷 健 三重大学, 人文学部, 教授 (50273305)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 昭和戦前期 / 実業エリート / テロリズム / 転向 |
研究実績の概要 |
昭和戦前期における実業エリートへの批判的な思潮の高まりが収束していき、戦時体制へと進むプロセスについて、文書資料をもとに考察した。具体的には、次の諸点である。 1.血盟団事件後の三井財閥の対応、とくに池田成彬が指導した三井の転向策は、過激化する富者批判の思潮を緩和し収束に導くほど効果的な策であった。 2.転向策は、財閥攻撃の沈静化を図るという目的を効果的に達成するために合理的に設計されている。その中心は、(1)財団法人三井報恩会の設立による社会事業・文化事業への金銭的な貢献、(2)三井傘下にある企業の株式の公開と合名の保有株式の放出、(3)三井同族による要職の辞任、(4)三井関連会社における定年制の実施である。 3.転向策は不特定で匿名的な大衆へと向けられた諸策であり、資本面と人材面における財閥(およびその経営者)と大衆のあいだの浸透的な融和を目指すものであった。また、資本家および経営者と労働者(あるいは従業員)のあいだの個別の関係を改善するという発想はなかった。とりわけ(1)の財団の設立は、三井が蓄積した富を公益性がある事業に還元することを目的としている。それはノンパーソナルで匿名的な寄付の形式であり、そこでは個別的な取引的関係は後退し、寄付行為は利他的で公益的な献身の性格を帯びる。また、(2)の株式の公開・放出では、関連会社への投資が不特定の大衆に形式的にではあれ認められる。資本家ファーストの恩恵を大衆に開放するという意味では、この策に利他的な特色を見ることもできよう。 4.三井の転向以降、同様の姿勢を見せることは財閥経営のトレンドとなった。転向は資本と経営に大衆的な匿名性を注入した。その意味では、社会的・経済的な境遇の多様な突出を低減して国民生活の平準化を図るという時代の趨勢を推進する大きな要因になったものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昭和戦前期の実業エリートと社会の関係、および、実業エリートへの批判的思潮と総力戦体制との関係については、文書資料の検討にもとづいて研究が順調に推移している。ただし、実業エリートと直接には関わらない研究事項については、作業量に限度がないため、研究の余地は少なくない。
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今後の研究の推進方策 |
戦前期の実業エリートと直接的に関係するわけではない研究事項については、検討の途上にはあるが、分析の対象となる資料を多く収集しつつある。令和三年度は、コロナ禍で実現できなかった資料の収集に力を注ぎながら、これまで進めた実業エリート関連の研究事項に近接する事項を出発点にして、さらに幅広く研究活動を展開する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)コロナ禍により資料収集のための出張がほとんど行えず、旅費の使用計画を変更せざるをえなくなった。また、戦後における社会階層関係の資料を購入する予定であったが、出張による資料収集を前提として購入を判断する予定であったため、購入を見合わせたものがある。これらのため、次年度に支出を繰り越した。 (使用計画)次年度の交付金から、戦後における階層関係資料(データベースを含む)をまとめて購入する予定である。また、コロナ禍により旅費の使用計画を変更する必要があるので、研究期間の一年延長を申請する予定である。
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