これまで収集した資料から次の点を導き出した。 1.日本の近代化にとって戦前期の実業従事者が果たした役割は大きい。とりわけ明治期に彼らは国策である殖産興業を牽引し、革新的な経済活動を行うなかで、近代国家へと離陸プロセスに貢献した。彼らの活動範囲は、事業活動のみならず政治や文化の領域にも及ぶ。彼らは公益性のある役職や公職に準じる地位に就任し、同時に独特なハイカルチャーを生み出した。明治期に限らず、彼らは戦前の日本社会において独特な存在感を示した。彼らの多くは近代日本の超富裕層を形成したのであり、政治的に有力かつ文化的な威信を纏う経済エリートとなった。 2.彼らは近代日本の歴史変化におけるキーパーソンでもあった。大正後期から昭和初期において、彼らの富の独占は盛んに批判され、テロリズムのターゲットとなった。彼らが経済統制を受け容れたことは、戦時体制の進行を加速させた。近代日本の劇的な社会変化において、彼らは重要な位置を占めた。 3.上記1と2の考察を深めるためには、近代化当初の日本社会に占める彼らの独特な位置取りは重要である。彼らが高い社会的地位と文化的威信を持つ経済エリートへとどのようなプロセスで登りつめたのか、とくに他の階層とのあいだでどのような差異化が図られたのかである。彼らの封建的出自は多様であるが、職業的な継続性から見れば、維新後の生業は農工商に携わる「実業」である。そのため、封建身分からすれば下層に位置づけられる。しかし、四民平等後の近代国家の建設、そして、殖産興業という国策のなかで、彼らの職業威信は急上昇した。封建身分の序列や士農工商の別という基準からすれば、彼らの生業の職業威信が低かったのは確実であり、したがって新時代における彼らの成功は、しばしば「成り上がり」と見なされた。他集団や他階層との多様で複雑な差異化のなかで、彼らは独自のエリート的な位置を占めていった。
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