研究期間前半は、日本ベースの人材業者の活動をその歴史を含め現況を調査した。その結果、彼らは日本企業の海外進出の波に乗る形でアジア各国に展開していることが確認できた。近年最も影響が大きかったのは東日本大震災で、震災によってサプライチェーンの災害脆弱性が露となった製造業で、大企業のみならず、中小まで含めたサプライチェーン全体で海外展開する必要に迫られていた。人材業者はこの流れに乗る形でアジアへの(再)進出を果たしていた。 そこでの活動は、ASEAN全域における労働移動の自由化等を念頭に起きつつ、言語をベースとした日本文化への適応によって労働者の選別・能力開発を行うなどの特徴があった。ベトナムでは、日本語専攻学生を囲い込み、技術を教えると同時に日本企業の職場文化を習得させるなどのプログラムが開発されていた。こうした囲い込みと教育は、人材業者にとってはその営業力の強化であるが、同時に、労働市場の形成という意味では、そこで流通する労働力に期待される能力定義を模索、制度化する過程でもあると言える。ただし、移動量自体は大きくなく、全体として越境する労働市場は、ASEAN域内の自由移動も含めて、構想段階から少し目を出した程度と判断せざるを得なかった。 二・三年目はコロナ禍で実査が停滞せざるを得ず、机上で行える調査として、アジアにおける労働移動規範の広がりを明確にする方向性を考えた。その中で、労働移動に係るILO条約の国ごとの批准状況から国家間の規範の濃淡を明らかにする他、EUのような自由移動領域が作られないアジアではあるが、人材業者(や国家)が人の移動を構想することに、労働市場の社会的構築上の端緒的な意味があるのではないかと考えるようになった。海外研究者との議論から、資本主義経済の動因として将来構想の役割を重視する議論(Beckert 2016等)があると知り、その応用を進めている。
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