研究課題/領域番号 |
19K02756
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
杉崎 哲子 静岡大学, 教育学部, 教授 (30609277)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 書字 / ICT / 板書 / 書写 / 書表現 / 手書き / 日本語学習 |
研究実績の概要 |
グローバル化社会では、膨大な情報を処理し学習者が主体的に思考を深めるための本質的で積極的なICTの活用が求められている。書写書道の学習でも以前から作品投影や字形の操作等にICT機器を活用してきたが、本研究では八柳氏の協力により、情報収集とアルゴリズムに焦点を当てた積極的活用を検討した。まず碑文や法帖などから文字を切り出し、それと印象語とを対応させたデータを機械に学習させた。古典文字を扱う関係上、ノイズ処理に時間を要するためデータ収集は継続中だが、この学習用データの作成を通し、書表現で重要な文字の持つ印象は、人の五感の文字化であり、対人認知と共通の意味の語で捉えられることが明らかになった。 国語学習に関しては、「板書」の機能を先行研究の検証を通して確認するとともに、学習者目線で板書計画に検討を加える方法を考案した。板書を軸にして授業展開を考えると授業者と学習者との関係性を整理でき、「手書き」の場面の精選とICTの有効な活用とに結び付くと考えられる。 さらに研究成果を地域に還元すべく、前年度に実施した留学生対象の日本文化体験コーナーを発展させ、焼津市と共同で「ふじのくに地域・大学コンソーシアム」の助成事業を企画した。しかし新型コロナウィルスの感染防止措置によって「集う」形ではなく、オンラインでの実施に変更した。ヒアリング時には通訳に頼って日本語では話さなかった外国人技能実習生も、大学生との少人数とオンライン(zoom)ミーティングでは、興味のある旅行やスポーツ観戦の話題で盛り上がり、途中に「手書き文字」を見せるなどしながら、日本語で交流を深めていた。絵の具を使い毛筆でことわざを書く「書カルタ」の実践を、外国人児童生徒を対象に、また他県の技能実習生にもオンラインで行った。その結果、書字活動が主体的対話的な学びに結び付き、日本語学習及び日本文化の理解促進に寄与することを確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
新型コロナウィルス感染拡大により、昨年度末に延期を決めた海外出張は今年度も実施できなかった。そこで重要度や優先順位を考え、研究計画を再検討しながら、今できることをと考えて慎重に進めた。 書道に関しては高校の書道教員に協力を求める予定であったが、教育現場では不要不急ではない外部の人間との接触に慎重さが求められていたため声掛けを見送った。しかし、コロナ禍中でもできることをと考え集中して「書表現」に関する先行研究の検証に取り組んだ。学生が登校できない期間もあって機械学習用データ収集の開始は遅れたが、大学が「人数を半減した対面授業は可能」と判断した時点からは順調に動き出した。それでも、八柳氏にはオンラインで作業行程の説明をしてもらい、それを受けた人に限定して作業中も主にオンラインを活用しながら慎重に対応し少しずつデータを蓄積する方法で進めた。 国語に関しても、当初の計画では現場教員と共に研究会を開いて検討する予定だったが、本年度は校内研修で関わる学校がなく、それ以外の学校でも働き方改革の観点などで教員も自発的な参加以外に人を集めることは難しいうえに、新型コロナへの感染防止策が重なったため断念した。しかし、その間も自分自身は先行研究や実践報告の検証に時間をかけ、綿密に分析することができた。 当初計画になく、しかもオンラインという想定外の形になったが、焼津市との共同事業として、外国人児童生徒、技能実習生を対象にした実践を行うことができた。その結果、「手書き」の効用を実証できただけでなく、オンラインの活用による効果や今後の可能性を見出すこともできた。 以上のように、この状況下で可能な限り進めることはできたと言えるが、授業展開における「文字を書くこと」は、「話すこと」との関係性を含めて検証する必要がある。非常事態が長引き「話すこと」を控えている特別な状況のため、やや遅れていると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
書表現に関する追究は、板書などの文字の見せ方(見え方)を考える根源にあると考えている。そこで、表現活動としての文字を書くことに関する情報を収集する。伝達のための書簡や尺牘についても、史的背景と共に見ていく。意図に基づく書の表現の追究は、継続中の古典文字のノイズ処理を終えてデータ収集を追加し、機械学習を実現する。その後、意図に基づく書表現の手立てをアルゴリズムの考え方によって精査する。 国語の授業展開における「文字を書くこと」は「話すこと」との関係性を含めて検証する必要がある。しかし研究会の開催は今後も困難と思われるため、東豊田小学校の河野氏、城南静岡高等学校中学校の酒井、橋本両氏の協力を得て研究を続ける。協力者には、主な定番教材の展開について板書型指導案をもとに「手書き」の個所を事前に設定してもらい、授業中の児童生徒の表れの観察も依頼する。その結果を分析し、手書きする部分とICTを活用できる部分とを洗い出していく。有効なワークシートについても検証する。 左手書字については、筆圧の確保に関係する筆記具の軸の傾きに注目して、快適な書字体勢を追究する。iPadやパソコン、スマートフォンの利用に関しては、多人数を対象にした実態調査ではなく関節の構造や可動域を踏まえた検証を行うことにし、特に左手書字を中心に、快適な書字についての成果を示す。書字における適度な筆圧の可視化装置は、これまでの検証から優先順位が高くないと判断したため製作を見送るが、引き続き滝本氏の協力を得て、筆圧と筆記具の軸の傾きとの相関性を調べる。 さらに書く過程を示す方法を提唱した「ひらがな・カタカナ」ワークの考え方を漢字学習にも取り入れ、小学校の学習漢字1026字の習得を容易にするワークの作成を考えている。そこには、漢字を習得に導くだけでなく言葉としてとらえて活用できるよう、豊かな言語活動に発展できる工夫も加える。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルスの感染拡大が収まらず、今年度も海外出張はできなかった。また、本学は静岡県外への移動を制限する県の方針に従って国内出張も控えることになった。地域の教育現場は予想しなかった事態に混乱し、外部の人間の来校に慎重になっていたため、とても研修会を開催できる状況ではなかった。そこで、授業展開案の収集方法を変更し、個別に依頼することにしたものの、その後も落ち着かない状況が続いたため、年度末まで依頼を先延ばしにした。データ収集に関しても、学生の登校が制限されていた時期があって開始が遅れた。 こうした状況を補う形でオンライン対応が増加し、ICTや周辺機器の整備に力を入れた。広く研究成果を配信する目的でHPを新たに開設し努力したが、無理な状況で進めたとしても、年度内にはやりきれないことが多くて中途半端な形になるため、そういう事態を避ける意図により、次年度への繰り越しという判断を下した。 この研究の鍵は、具体的な電子黒板の使い方ではなく内容と場面を探ることである。これまで以上に深く検証し、学習者目線での授業展開や学習内容に応じた書字場面の精選、ICTの活用について探究する。快適な書字体勢の確立についても引き続き取り組む。依然として油断ならない状況だが、withコロナの意識が浸透し、できること、できる範囲が明確になってきた。協力者の理解も得られたことから、今後は順調に進められると考えている。
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備考 |
「ひらめき☆ときめきサイエンス-書とプログラミングー」は、新型コロナの感染拡大状況をふまえて令和3年度に延期した。
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